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焔と彩編 不幸な死

そして俺は、(さい)(りん)のどちらの選択も間違っているとは思わない。どちらも不幸になった印象がまったくないしな。


明らかに不幸だと感じる様子になってしまった時には『失敗だったな』と思ってしまうにせよ、それさえ<途中経過>に過ぎない可能性もあるわけで。


最終的には、


『人生が終わる時にどうなのか?』


で判断するしかないだろう。その点で言えば(りん)は確かに不幸そうじゃなかった。


穏やかな最後だったのは紛れもない事実。


ほぼ同時期に、(そう)の後を追うようにして亡くなった(しゃく)の方がむしろ悲哀を感じてしまうか。もっとも、(しゃく)としても(そう)が亡くなったのがこたえただけで『不幸だった』という印象はない。最後の最後に<愛する者>を喪った悲しみがにじんでいただけだ。そこだけを切り取って、


『不幸だった』


と評するのは違うんじゃないかなとも思う。


本当のところは(しゃく)自身にしか分からないものの、ずっと彼女達を見てきた俺の印象としては<不幸>だったとは言えないのもまた事実。


それで言えば、<自殺>ってのは<不幸な死>の究極の一つだと思う。死んだ本人はその後は何も感じることができないから関係なくなるんだろうが、生きてる人間の目からはただただ不幸なだけでしかないように俺は思うよ。


『楽になれたんだから本人にとっては幸せだろ!』


とキレるのもいるとしても、本当にそうだったのかすら、本人にしか分からないはずだけどな。死が訪れる瞬間に後悔したかもしれないし。


『やっぱり死にたくない!』


と思ったかもしれないだろ? それを確認する手段はないというだけで。


それに、自殺者を検死すると、生きようともがいた形跡が残ってたりするとは聞く。まあ、『生きようともがく』こと自体があくまで単なる<肉体の側の反射>に過ぎないかもしれないが。


本人がどこまでも強固に死を望んでいて、しかし肉体の方は反射的に生きようと足掻いていただけかもとは、俺も思う。


でもなあ、その辺りも本人が死んでいる以上は確かめようもないんだ。


『本当のことが分からない』


というのも、残された側にしてみれば不幸だよな。いや、そこは自殺だろうと他殺だろうと自然死だろうと『本当のことが分からない』のは実は変わらないにせよ、少なくとも分からないなりの印象という点では、自殺も他殺も<不幸>であることは変わらないんじゃないかとは思う。


幸せだったら自殺する理由もないし。


ちなみに今の地球人社会では自殺も簡単じゃない。ロボットが止めるからな。



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