凛編 技
『余計なことはするな』
でしゃばる娘を父親が諫めるかのように、侑は、自分と若い雄との間に割って入った萌の肩を掴んで自身がさらに前に出た。
人間のように具体的に思考していたわけじゃないにせよ、侑は侑なりにこの群れのボスとしての矜持を持っていたのかもしれないな。
「グウ……」
そんな<父親>であり<ボス>に、萌は思うところもありつつ従い、下がる。無理にでしゃばって状況をめんどくさくしない。そこが立派だと思う。凛も侑も、自分達の娘をそういう風に育てられてるのが見て取れる。
こうして侑は、若い雄達の<挑戦>を受けて立つ姿勢を示した。
すると、若い雄の一人が地面を蹴り、突撃してくる。<真っ向勝負>だ。
別に本当に真っ向勝負に拘る必要は、野生の世界にはない。どんな手を使おうが勝って生き延びた者が<勝者>だからな。それでも、<ボスとしての器>を競う最初の段階では、まず<単純な力比べ>から入るべきなんだろうな。そこでもう十分な力を持ってないとなれば、そもそも、<卑怯な手段>を用いたところでそれすら<付け焼刃>になってしまうだろうし。
まっとうな力の裏打ちがあってこそ卑怯な手段も活きてくるってもんだ。
で、そんな若い雄に対して、侑も真っ向、受け止めてみせた。互いの両手を掴んで、組み合って、押し合う。
侑も、レオンとしてはピークを過ぎた<ロートル>ではあるものの、さすがにここまでボスの役目を担ってきた<ベテラン>でもある。組んだ瞬間に自分に有利な手首の角度を取ってみせたのが俺にも分かった。
実際にこういう力比べをしたことがある人間なら分かると思うが、<力が入る手首の角度>というものがあるんだよ。これは、<実戦経験>を積めばこそ身に付くものだろう。『力がある』ことと『力を十分に発揮できる』ことは必ずしも一致しない。イコールじゃない。
レオンとしては特別強いというわけじゃない侑ではあるものの、まだまだ未熟な若い雄にとっては<高い壁>として立ちはだかってくれた。頼もしい限りだ。
まあそうじゃなきゃ、野生において群れを維持し生き延びることなんてできないだろうけどな。
若い雄の方も、幼体の頃の<じゃれ合い>である程度はそういうのは経験してきてるにしても、ただのじゃれ合いと<実戦>は違うということだろう。
人間(地球人)の場合は、非力で脆弱だからこそそこを徹底的に突き詰めてきたのもあるだろうな。
それが<技>というものだ。
圧倒的な力の差があれば必要ないしな。




