凛編 悼みつつ感謝して
凛達は、獲物を前にしても慎重だ。ここで焦っては意味がないのを本能的に分かってるんだろう。
そして二手に分かれて、一方はその場にとどまり、もう一方が大きく回り込む。その場に残ったのは若い雄二人のようだ。敢えてガゼル竜に存在を悟らせ、追い立てる役割だった。だから凛達は当然、追い立てられたガゼル竜らを実際に仕留める役である。
この方法も、常に上手くいくとは限らない。配置につく前に気配を悟られて逃げられてしまうこともあるし、狙った方向に逃げない場合もある。しかし、無策でただ飛び掛かるよりは確実に成功率が上がるんだよ。
今回も、どうやら上手く配置につけたようだ。その上で、
「チッ、チッ、チッ」
と、鳥のような声が響く。凛達の準備が整った合図だ。
ガゼル竜もその音に気付いて警戒を強めるが、次の瞬間、反対側からの強い気配に、
「ケーッッ!!」
金属音のごとき鳴き声を発して一斉に逃げ出す。<追い立て役>の雄達が一気に飛び掛かったのを躱そうとして身を翻したんだ。
しかしそれは、凛達の狙い通りだった。ガゼル竜達はまんまと追いやられる。自分達の命を刈り取る罠に。
「ガアッッ!!」
瞬間、凛が恐ろしい咆哮と共にガゼル竜に飛び掛かって首に喰らい付いた。
申し分ない絶好のタイミングと角度だった。確実に獲物を仕留められる攻撃だった。
なのに、
「ケエーッッ! カーッッッ!!」
絶叫しながら渾身の力を振り絞ってガゼル竜が抵抗すると、
「ッ!?」
凛の体が跳ね飛ばされるようにして離れてしまった。こんなことはこれまでなかった。しっかりと喰らい付けなかったことで振り払われるというのは確かにあったが、今回のは完全にガゼル竜の首を確実に捉えていたはずなんだ。なのに振り払われた。
その事実に、
「!?」
侑や按にも動揺が走ったのが分かった。分かったが、
「グアッッ!!」
咆哮を上げつつ、朗が飛び付く。飛び付いて、ガゼル竜の首に喰らい付く。ガゼル竜の方が十分に体勢を立て直せていなかったとはいえ、完璧なタイミングと角度だったことで、今度は振り払われなかった。
そこに、侑や按や萌も飛び掛かり、ガゼル竜の体に喰らい付く。そして凛も改めてガゼル竜の脚に喰らい付き、全員で力を合わせて獲物を引き倒す。
「ケエエエエーッッッ!!」
ガゼル竜の断末魔が響き、それでも試みた抵抗も実を結ぶことなく、一つの命が終わりを迎えた。
この事実は翻って、
『凛達が命を長らえる』
という意味でもある。
だから俺は、胸の内で悼みつつ感謝していた。




