涙(思いがけない展開だ…)
灯が生まれてから一ヶ月。セシリアのおかげですくすくと育った彼女は、いよいよシモーヌの胸に抱かれることになった。
人間の赤ん坊と思えばまだ小さいが、それでも既に首は座っていて、大きさの割にしっかりしているのが分かる。
「可愛い……」
セシリアから灯を受け取り、蕩けそうなほど頬が緩んだシモーヌが、しっかりとその胸に抱いた。だが、その瞬間、
「―――――!?」
シモーヌの表情に何とも言えない緊張が走ったのが俺にも分かった。
「…どうした…?」
思わずそう問い掛けるが、まるで固まってしまったかのように反応がない。
「シモーヌ…? シモーヌ! 大丈夫か?」
「シモーヌ?」
俺とセシリアが問い掛けると、彼女はようやくハッと我に返ったように俺とセシリアを見た。そして言う。
「ごめんなさい……この子を抱いた時、頭の中で何かがすごい勢いで駆け巡った感じがして…」
その言葉に、俺も戸惑った。
「なにが…あった…?」
とは訊くものの自分でもよく分からない質問だと思った。が、シモーヌは応えた。
「何かを思い出しかけたんです。それと、既視感が…」
「既視感?」
「ええ、私、こうやって赤ちゃんを抱いてたことがある気がしたんです。それも割と最近……」
「…え……?」
意味が分からなかった。赤ちゃんを抱いた経験があるというのは、誰かに抱かせてもらったことがあるとかそういうのかもしれないと思ったが、<割と最近>とはどういうことだろう…?
そんなことを考えていた俺は、次に見た光景にギョッとなった。
シモーヌの頬を大粒の水滴がいくつも伝って顎から滴り落ちていたからだ。
涙だった。彼女はボロボロと涙をこぼして泣いていたんだ。
「え? …え? どうした……?」
俺も慌ててしまってそう訊くしかできなかった。そんな俺に彼女は応える。とめどなく涙をこぼしながら。
「分かりません……でも、悲しいとかじゃないんです。それよりは嬉しいって感じかも……
私、やっぱりこうして赤ん坊を抱いていました。たぶん、私の赤ちゃんを……」
「…は? はいい…!?」
意味が分からずついセシリアを見てしまったが、セシリアも「分かりません」と首を振るだけだった。そんな俺達にシモーヌは言った。
「……思い出した……思い出しました……
私、赤ちゃんを産んだんです。あの不定形生物の中で……だから私のお腹には赤ちゃんがいなかったんです……」
…な、なんだとう……!?
ますます意味が分からずに混乱する俺に、シモーヌは涙を流しながら微笑みかけていたのだった。