母親の代わり(メイトギアってすごい)
前にも言った気がするが、メイトギアは育児や高齢者の介護を本来の目的として開発されたという経緯があるだけに、むしろ今回のような事例でこそ活きるロボットだった。
初期の頃には安価なタイプだと口の中に仕込まれたスピーカーで発声しているものもあったらしいが、より人間に近付ける為に不自然さをなくす為に、口の構造は基本的に人間のそれと同じであり、発声方法も人間に準じていた。
だから、人間のようには食事をしないというだけで(機種によっては<毒見>の機能を持つものもあるそうだが)機能的には人間と殆ど変わらない。だから口に含んだ樹脂製の容器に入れた母乳を、舌で圧力をかけてチューブに送り出すという細かいこともできるのだ。しかも呼吸も食事もしないので口に入れっぱなしでも困らない。当然人間じゃないから口内細菌もおらず、衛生上も万全だ。口腔粘膜を再現したジェルは抗菌仕様である。
もちろん、口を使ってしゃべることはできなくなるが、タブレットなどを通じて<通信>で音声メッセージを発信することはできるのでそちらも別に問題ない。
しかも余談ではあるが、一部の高級機種には、さらに<母親の代わり>をする為に<おっぱい>に母乳やミルクを溜めて授乳する機能もあるんだとか。これは、乳幼児の頃に母親を亡くすなどした子供向けに手配されたりするらしい。
ちなみに、そのせいでよからぬことを考える不埒な人間もいたりするらしいが、あくまでも人間の赤ん坊の為の機能なので、成人男性の要望には応じかねるということだった。そのような使い方をしてどんな事故があってもそれは製造者責任法の保護規定からは外れるんだと。まあ、当然の話だな。
だいたい、前にも言ったと思うがそういう目的用の<ラブドール>と呼ばれるロボットもあるんだから、何も機能盛りだくさんで非常に高価なメイトギアに邪な欲求に応じさせる意味が分からない。ましてや<ラブドール>なら、セックス依存症とかの診断が取れれば保険適用も受けられるんだし。
が、『敢えて』ということに拘ってしまう場合があるのも人間という生き物の業ってものなのかもしれないな。
しかし、うん、やっぱり俺には理解しがたい話だ。
って、余談が過ぎたか。話を戻して、そうやってしばらくの間セシリアに育ててもらうことになったその子について、俺は、灯と名付けた。光にちなんだ名だ。たぶん、この世界では二人だけってことになるだろうからな。
…いや、これからも光や灯のような子が生まれる可能性がない訳じゃないだろうが、取り敢えずは二人ということで。
だがこうなると、収まらないのは鷹の方だった。灯については彼女の中ではなかったことになったらしく、出産のダメージが抜けるとすぐにまた求めてきたのだった。