母乳(せっかく出るんだから利用しないとな)
出産そのものは、鷹が経産婦だったこともあってか実に呆気なく終わった。二時間と掛からなかった。だが、生まれた赤ん坊は、やはり羽が生える形跡がまったく見られなかったどころかやはり手も足も人間のそれだった。だから、翔のように母親の体にしっかりと掴まることさえできなかった。
タカ人間の赤ん坊は、人間の常識から見れば明らかな未熟児として生まれる。妊娠期間を短くし、その小さな体でも出産の負担を軽くするためにそういう風に生まれるのだろうが、その分、母親のおっぱいにまるで一体化するかのようにしがみついて常に乳を飲み、一気に成長する。
なのに、生まれた赤ん坊はそれができなかった。本能で母親の体にしがみつこうとするものの、手足の構造が人間のそれである為、しっかりとしがみつくことができなかった。だからか、鷹の方も、殺そうとまではしなかったが早々に赤ん坊に見向きもしなくなってしまった。育児放棄だ。彼女にできる育て方で育つ可能性のない赤ん坊は見捨てるしかない。これもまた<自然の掟>というものだろう。
しかしそれは十分に想定されていた事態だ。人間はそう簡単に諦めることができない。鷹には育てられないかもしれないが、俺達ならそれができる可能性もある。諦めるのは、それを試してからでも遅くない。
メイトギアには、未熟児を保護し介護する為のデータもあらかじめインストールされている。通常はあまり使われることのないものだが、もしもの時に備えたものらしい。
赤ん坊はセシリアが保護し、機体温度を上げて温め、あらかじめ鷹から搾乳していた母乳を、口に咥えたチューブによって与えた。人間としてみれば未熟児に思えても、既に自発呼吸は完全だし、口に含むことさえできれば自力で乳を飲む力もある。ただ上手く母親にしがみつくことができないだけだ。だから余計に諦めきれない。
「バイタルサインは、翔様の時のものと比べても大きく差異はありません。非常に健康体だと思われます。授乳も成功しました」
セシリアの語るそれに、俺もシモーヌもホッとしていた。
先に話していた通り、この子はシモーヌに育ててもらうことになるだろう。ただ、さすがに今の状態では人間のシモーヌにとっては勝手が違いすぎるので、ある程度の大きさになるまではセシリアに育ててもらうことになる。
彼女の口の中に鷹から搾乳した母乳を蓄えた容器を入れ、それを、ポシェット状の小さなバッグに入れた赤ん坊にチューブを通じて与え続ける。幸い、鷹の母乳は豊富に出てるので、鷹本人としても搾乳してもらえるのは気持ちいいらしかったのだった。