マスター(俺の存在意義)
ボクサー竜の死骸の処置が終わり、俺は風呂に入っていた。みんなの怪我も治療カプセルに入る程のことさえなく、ただただ疲れて眠ってしまっている。本来は夜行性の伏達もさすがに今日は寝坊するようだ。
しかし、あの戦いで、俺はいったい何の役に立ったんだろう? 俺が倒したボクサー竜の数はせいぜい数匹だと思う。それも、めったやたらに撃ちまくってようやくのまぐれ当たりだ。しかも、エレクシアが前にいた時には、彼女にも何発か当たってしまっている。要人警護仕様機で、人間の盾として対戦車ライフルの直撃さえ受け止める彼女にとっては小石が当たった程度のダメージもないけどな。
だがそれでも、力になるどころか足を引っ張っていた気しかない。
風呂からあがってエレクシアが淹れてくれたコーヒーを飲みながら、俺は呟くように言った。
「なあ、俺は本当にこの群れのボスってことでいいのか? 何一つ役に立たなかったような俺が…」
そんな俺に、彼女はやはり冷淡だった。
「マスター。自身を卑下しがちなのは人間の特性の一つかもしれませんが、ここではそれは決して美徳ではありませんよ。現実を見てください」
容赦のない言葉に、苦笑いしか浮かんでこない。
だが続けて、彼女は言った。俺を真っ直ぐに見詰めながら。
「彼女達は、マスターだから、この群れだから、命を賭して守ったんですよ。マスターでなければ、どれほど強かったとしても彼女が前面に出て戦う必要などなかったのです」
……?
「それは、どういう…?」
エレクシアの言っていることがすんなり頭に入って来なくて、つい訊き返してしまう。
それでも彼女は淡々と、抑揚のない声で語ってみせた。
「彼女達はマスターが大切にしてくれていることを理解しています。だからこそ彼女達にとってはマスターでなければならないんです。強いだけなら他の雄で構いません。しかしマスターほど彼女達を大切に想ってくれる雄はここにはいないのです。
マスター。お忘れですか? 彼女達は確かに野生の獣ではありますが、同時に、人間の形質も受け継いでいるのです。彼女達は、マスターを愛してるんですよ?
そしてそれは、マスターが彼女達を愛しているからです。愛して、大切にしているからです。そのことが、かつては人間だった彼女達にも届いているということでしょう。彼女達の中にも、人間としての感覚の欠片が残っているのだと思われます。
マスター。もっとご自身に自信を持ってください。この群れは、あなたがボスだからこそ成り立っているんです。あなただからこそ、守る意味があるんです」