モニカとハートマン編 他人を嘲うという行為
來の様子は、明らかに衰えた印象はありつつも、その状態で安定していた。人間(地球人)も、衰えた状態で何十年も生きられるわけだから、環境さえ許せばこのまま十年くらいは生きられたりするかもしれない。
ただそうなると今度は<認知症>などの心配が出てくるわけで、悩ましいところだ。
長生きはしてほしい。でも、だからといって本人が苦しんだりするのは嫌だ。
この辺りも、人間(地球人)の矛盾した感情だな。
<老化抑制技術>をはじめとした高度な医療技術のおかげて、『健康で長生き』というのが実現されつつあるとはいえ、それでも二百歳を過ぎた辺りから急激に老化が始まり、肉体は衰える。
が、実はその<老化>というもの自体が、
<死を受け入れるための変化>
だと考える学者もいるらしい。老いて衰えていろんなことがままならなくなるからこそ、
『<死という安らぎ>を受け入れることができる』
的な考え方だそうだ。
それについてはいろいろ反論もあるらしいものの、まあ、そもそも受け取り方は個々人によって違うのが当たり前だから、『どれが正しい』ってわけでもないんだろう。
俺達の場合は、來自身が望むようにしてくれればいいということで基本的な合意を得てるけどな。
それでもなお、ルコアのように受け入れられていない者もいる。そしてそれ自体が当然だとも思う。
『死に向かって生きる』
なんてとんでもない<矛盾>がある以上は、ルコアのように感じる者もいるのは何も不思議じゃない。
俺達は、それを『子供っぽい』と嘲ったりしない。
そもそも、大人がそうやって他人を嘲ったりするから、子供も真似るんだろうにな。
光や灯が、誰かを嘲ったりしないのは、俺がそうしなかったからだ。子供達が拙い振る舞いを見せても俺はそれを嘲ったりしなかった。『可愛いなあ』と微笑ましく思うことはあってもな。
子供が未熟であるがゆえに失敗したりした時に、それを嘲ったりした覚えはないか? そしてそんな親の姿を見てきたからこそ、他人を嘲うことを<正当な行為>だと思い込んでる人間がいるんじゃないのか?
『他人を嘲うという行為が相手を不快にさせる』
のは分かっているにも拘らずやめないのは、それを『正しいことだ』と思い込んでるからじゃないのか?
『自分の親もそうしてた』
ってことでな。
俺はそれが嫌だから、子供達が何か失敗してもそれを嘲ったりしなかったんだ。そして今、光も灯も、他人を嘲ったりしない。順がいまだにあどけない振る舞いをしても光はそれを嘲ったりしないし、ビアンカが久利生のことで懊悩してても灯はそれを嘲ったりしない。
『他人を嘲う』
ということを俺が教えてこなかったからな。
そして、ロボットであるモニカやハートマンは、それこそルコアを嘲ったりしないんだ。




