咆哮(いやもう魂消るとはこのことか)
深の悲鳴が聞こえたのだろう。狩りの時以外はただごろごろと横になっているだけだった伏が家から飛び出して、一瞬で密林の中へと駆け込んでいった。
「エレクシア! 深を助けろ! 伏の援護!!」
俺がそう命令すると、「承知しました」と返事をしながらエレクシアも密林へと駆け込んだ。と言っても、俺を残してだからそう遠くへは行けない。あまり離れないといけないようなら、俺は宇宙船に閉じこもって身の安全を確保しなきゃならなくなる。が、言葉が理解できて俺の指示に従ってくれる光はともかく、他の子供達は本人の警戒心に頼ることになるからなあ。俺と光だけが宇宙船に閉じこもるというのも、正直、あまりやりたくはない。
なんてことを考えている間にも、ドローンの監視映像に切り替えた俺のタブレットには、襲い掛かってくるボクサー竜を凄まじい形相で蹴散らしながら前へと進む伏の姿があった。我が子を守ろうとする母親の執念そのものの姿に見えた。
「これが、母親ってものか……」
思わずそんなことを呟いてしまう。
とは言えさすがに多勢に無勢。死角から飛び掛かられると危険だが、それはエレクシアが支援攻撃で防いでいた。その場で調達した果実や小石を投げつけて、援護する。
だがそんなエレクシアの援護がなくてもボクサー竜の群れそのものを壊滅させそうな迫力が、この時の伏にはあった。
「ガアッ!! グゥオアァッッ!!」
ドローンのマイクが拾うその咆哮をタブレット越しで聞いてても、無意識のうちに体が竦む。本気の獣のそれに、普通の人間では太刀打ちできないと改めて思った。伏と出逢った時に俺が彼女を撃退しようとしたのは、本当に無謀な行為だったんだと今さらながら体が震える。
だがその時、密林の奥から、
「ギャーッッ!!」
という、明らかにただ事じゃない悲鳴が響いた。それを耳にした瞬間、伏の顔がさらに狂暴なものへと変わった。
「ガァアアァアァアァァァーッッッ!!!」
音圧がすごすぎてタブレットから聞こえるそれが音割れを起こしていた。もし俺が直にそれを耳にしていたら腰を抜かしていたかもしれない。目の前にいるモノを、その声だけで殺そうとするかのような咆哮。
「は…はは…すげぇな……」
俺の口からはもう、引きつった変な笑いしか出てこない。
同時に、深を追っていたドローンは途中でボクサー竜に食われたか何かで破壊され、深の姿が確認できず、俺は焦っていたのだった。