案内役は…
昨日来た、古びた映画館のロビーの、少し埃っぽいソファに二人並んで座る。
「そう言えば、昨日突然ここに連れ込んだせいで彼とは会ってなかったよね」
「?誰」
そう言えば、彼女は携帯を取り出して番号を打ち、電話をかける。…いいなぁ、俺も彼女と連絡を取り合いたいなぁ。
「今すぐ来てくれない?…あー残念だけどこれは業務の範囲内であなたは来る義務がある。文句なら来てから聞くからね?じゃ、よろしく。」
彼女はそう言って電話を切る。
それから物欲しそうな目で電話を見つめる俺に気付くなり、クスクスと笑った。
「アドレス交換する?それともLINE?」
「い、いや。そういう意味じゃなかったんだけど。…いいの?」
聞けば、頷いてくれたので、慌てながらも携帯を差し出す。
もちろんQRコードを表示した状態で。
「うん。追加したよ。」
「ほ、本当だ。」
LINEの友達欄に増えた名前を見て、そこでやっと彼女の名前を知らなかったことに気が付いた。
「いだばしりほ…?」
「読み方、依田橋っていうの。いじゃなくて、よ。よだばしね」
「ごめん!はじめて見る苗字だったから」
…はじめてじゃないんだけどね、と彼女は言ったが、俺の耳には聞こえなかった。
傷付いた表情を浮かべた彼女を見て、名前を間違えられた事がそんなにショックだったか、と謝罪すれば、別に気にしてないよ。と言われてしまう。それから、しばらく気まずい時間が流れていたが、携帯が着信を知らせ、無音の時間が終わる。
「彼がこっちに来るって。」
「あ、うん。そう、そうなんだ…えっとその」
次に何を言えばいいのか分からなくて口ごもっていると、その様子を見た目の前の彼女がふふっと笑んだ。
意地悪しすぎたね、と言われて、からかわれた事に気付く。
「私の事は里穂って呼んで。ねぇ、あなたの事はなんて呼べばいい?」
「えっと…俺は浩太。」
「そう。なら、浩太って呼ばせてもらうね」
手を握られ、向かい合う。
これは…これはもしや、キスをするタイミングなのでは…?とじっと里穂を見つめて喉をならす。
そして顔を近づけて、あと少しというところで。
コホン、と咳払いが聞こえ、音がした方に目を向ければそこにはマフラーを着けた背の高い、けれど不思議と威圧感は感じさせない黒髪の男が立っていた。
「見せ付ける為に俺を呼んだの?帰っていい?」
男はどうやら里穂に先ほど呼ばれていた『彼』らしい。
里穂はそれを聞いて、そんなにラブラブに見える?と笑った。
言われた男は返事の代わりにしかめっ面を返して、早く本題に入らせろ、と不躾に言った。
慌てない慌てない、と彼女はマフラーをした男を諌めて、咳払いを一つ。それから彼の説明をしてくれる。
「はい、それでは御対面!こちらが案内役兼ここのオークションの参加者を務めるマフラー君でーす!」
「…どうも」
青色のマフラーに顔を埋めた彼は彼女からそう紹介された後、ぶっきらぼうにそう言って俺に手を差し出す。取り敢えず、手を握り返した。
「えっと…マフラー君だっけ…?はじめまして。」
「雪でいいです。」
こんな変な渾名で呼ぶの、この人位なんで。そう言われて里穂を見ればペロリと舌を出してウインクをした。
「雪くんね。あれ?その服…」
「ああ、制服です。別に服装の指定ないので。」
「高校生!?」
確かに若いとは思ったけれど、高校生とは思わなかった。彼の背の高さも相俟って完全に社会人か大学生だと思っていた。
「何cm?」
恐る恐る尋ねてみれば、彼は187cmです、と答えてくれた。でかい。
俺と10cm以上差があって、思わず何かスポーツやってる?なんてどうでもいい事を聞いてしまった。
彼ははい、と答えて、それから一応テレビに出た事もあります、と、仄かに自慢気に話した。
「なんのテレビ?っていうかどのスポーツ?」
「そんなことより!」
雪君との会話に痺れを切らした里穂は、俺と雪君が会話する間に入って、会話を中断させる。
「今日のオークションまでに、大体のルールを知っておかなきゃね?」
その言葉に俺は、今日もあのオークションに参加するのか、と諦めつつ、ほんの少しだけワクワクしている自分に気付かないふりをした。