夢の隣に
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ジリリリリリリリリリ
1LDKの部屋で、いつものように携帯のアラームの音に起こされて目を覚ます。
覚醒しない頭をかいて、あくびをこぼして。それから身体を起こすと朝の気温の冷たさに身震いした。
なんだか少し頭がクラクラするが、昨日酒を飲んだ事を思い出して二日酔いか、と自分の中で納得する。
そして、今日締め切りの仕事の書類が机の上のどこにも無い事に気付いて焦った。もしかして?とわずかな期待を込めて鞄を開けて、俺は呆然としてしまった。
「これ…」
夢だと思っていたのだ。完全に。
だってあんなにも自分の理想を具現化したような美女に出会って、あんな夢のような事をあんな簡単に叶えられただなんて、そんなの現実で起きるはずが無いのだ。
けれど鞄の中から取り出した、手に持っている電子端末は昨日夢で見たそれと瓜二つで。
スーツの内ポケットを探り、名刺ケースを取り出して中を見れば、自分の名前に自分の顔写真。それから自分がいた覚えの無い会社のマークと社名が、しっかりと印刷されていた。
「ははっ…マジかよ。」
取り敢えず、印刷された会社の番号に電話して、取り次ぎをしてもらい、聞き覚えの無い俺の上司を名乗る男に本日は休む旨を伝えれば、彼はやっと有給をとってくれたか、と二つ返事で了承してくれた。
その後、手に馴染む感覚で番号を押せば、俺がいるはずの会社の上司が電話に出る。
「はい、上野です。」
「もしもし、高橋ですけど。」
「はい、失礼ですがどちらの高橋でしょうか?」
その言葉に呆然として、携帯が手から滑り落ちる。
弊社のですよ、なんて言える訳無く、そのまま床に落ちたままの携帯の通話終了ボタンを押す。
「夢じゃ…ないのか」
なんて事だ。
俺の今迄の人生がひっくり返されてゴチャゴチャになっている。
思わず端末の電源を入れれば、また名前が画面の中央に表示されていた。
名前の部分をタップすれば、画面が切り替わり、アイコンがたくさん表示されている。
その中から使用者情報という如何にもなアイコンをタップすれば、自分の名前から年齢、血液型に住所、現在の職業まで書かれており、その下には『さらに詳しく!』と黄色い文字で別のページへのリンクがありそうな文字列があった。
「こうなったら、とことん調べるしかないな」
◆◆◆
昨日と同じ歓楽街に向かえば、そこにはあの女性がいて、昨日とは違い、肌の露出が抑え目な服装に、綺麗な金髪を緩く一つに纏めるという髪型をしていた。
彼女は近付く俺に気付くなり、パアッなんて効果音が付きそうな程に眩しい笑顔を浮かべて、大きな動作で手招きした。
「また来てくれると思ってた」
「……」
「取り敢えず、どう?感想は。色々言いたいことがあるみたいだけど。」
「当たり前だろ。なんか、俺がいた場所が全て塗りつぶされて、別の席に座らされているみたいな、気持ち悪い感覚…」
「全てではないでしょ?」
俺の胸に人差し指を立て、身を寄せた彼女は言う。
「私の隣に、あなたがいる」
それさえあればいいでしょ?とでも言うように彼女は笑顔で首を傾けた。なんだか彼女のその言葉と仕草と触れる彼女の身体の柔らかさに全てがどうでも良くなって、気付けば「まぁ、たしかに」と同意の言葉を口にする。
結局俺は金髪の美人が大好きで、それだけが取り柄の男なのだ。
「さあ行こうよ。もっと素晴らしい夢を叶える為に。」
こんな簡単に手に入るんだからさ。
「ねえ、そう思うよね?」
蠱惑的な笑みを浮かべて、彼女はそう言った。
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短め