まずはお試し
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「って結局ここは何?」
「さっき言ったよ?オークション。…まあでも普通じゃないけどね。」
「普通じゃない?」
「まあまあ。とにもかくにも見た方が早いんじゃないかな?初日なんだから、ちゃーんと参加しないとね?」
「え?え?」
ほら、と手を握られて手を引かれる。
そのままお手手を繋いで仲良く入れば、周りにまばらにいたオークションの参加者らしき人達に奇異の目を向けられるが、彼らはすぐに興味を無くして視線を逸らした。
劇場内に入れば、中は映画館でお馴染みの形の座席が並んでおり、彼女に手を引かれるまま、一番後ろの席に腰掛ける。
どこまでも内装は映画館だがただ少し映画館と違う所があった。とは言っても、大きなスクリーンの前にステージがあり、そこに置かれた演台が中央でスポットライトを浴びていることくらいだけれど。
「あ、ほら。来た。」
彼女はそう言ってステージの脇を指差す。
そこを見れば、海外映画の映像作品でよく見る、卒業式でよく着られている黒い服装に、幾何学模様のよくわからないお面を付けた人物がいた。
そのよくわからない格好の人物はゆっくりとスポットライトを浴びる演台の方へと歩いて行き、演台に辿り着いた瞬間にバッと手を広げた。
と同時にスピーカーから音声が流れる。
『皆様!本日もオークションに参加して頂きありがとうございます!!今回はご存知の通り、定期開催の内容です。それではオークションを開始致します!!』
そう言った瞬間、人々が手を叩き拍手が起こる。
「彼がこのオークションの競売人。通称支配人。彼がこのオークションの司会、進行を務めているの」
拍手をしながら、隣の席の彼女は説明してくれる。
やがて、拍手が鳴り止み、スクリーンはテレビのような砂嵐を映し出した。しばらくすれば、画面が切り替わる。
そこにはよくCMで流れる有名な弁護士の会社が映っており、幾何学模様の仮面をかぶった男は大げさに手を広げ、その手振りに合わせるようにスピーカーからざらついた音声が流れる。
『今回の目玉商品です!なんとここの会社の弁護士の方からご好意で譲って頂きました。今なら弁護士資格も付いてきます。』
早速の突拍子もないオークションの商品説明に、驚いて隣に座る彼女に問いかける。
「これって…この会社が手に入るって事?」
「ううん。これで落札した人は、この会社で、あの譲ったって言う誰かさんの場所で働けるって事」
彼女の言葉が一瞬理解できなくて、一瞬間が空いてしまったが、頭の中に彼女の言った言葉が入って理解するなり俺はいやいやと否定を口にする。
「は?いや…落札したからって弁護士になれる訳が…」
「そう思うなら、入札してみれば?」
そう言われて、スクリーンに表示された会社等の下に書かれた金額を見る。あまりの金額に、こんな確証も無いモノに多大な金額を出せる訳無い…と呟けば、彼女は君の財布の中のお金ではここの物は買えないよ、と言った。
「ここでは架空マネーを使うの。…とは言っても本当に架空って訳じゃないからそこだけは注意なんだけどね」
「架空マネー?」
「さっき弄ってた携帯の画面、君の名前の下に金額が表示されてたでしょ?あれが君の手持ち金。ここでしか使えないこのオークションという空間に存在する架空マネー。
っとまあ説明するとね。ここのオークションは、それぞれの参加者にエンと呼ばれるお金を配布しているの。カタカナでエン。日本の円とは違うから気を付けて。
そしてこのエンは端末上の数字でしか存在しないお金なの。つまり、このオークション内でしか使えないお金って事なんだけど。そしてそれはここでの買い物で増えたり減ったりする」
「増えたり…?」
「ここのお金は君が未来で手に入れるお金が表示されているんだ。」
そこで俺は、スクリーン上に表示された画像に釘付けになった。
『続きましては、こちら!』
「ここの会社…」
それは、俺が就職活動の時に第一希望にしていた会社で、見慣れた建物の外観がデカデカとスクリーンに表示されていた。
「ここ、興味があるの?」
「うん。第一志望だったんだ。」
「まだ未練があるんだね」
そんな顔してる、と彼女は言った。
「これ…本当に買うことが出来るの…?」
「もちろん!」
えっとね、と言いながら、彼女は俺の持つ端末を起動して、画面をタップするように言う。
名前がデカデカと表示され、それからホーム画面らしきものが表示される。
「画面の一番上から下にスワイプして」
言われた通りに画面に触れれば、上からシャッターのように黒い画面が落ちてきて、そこにはオークションと少し上品な字体で書かれている。その文字の下には参加する、参加しないという選択肢が二つのボタンのような絵にそれぞれ書かれていた。
「参加する、を押して」
「うん」
「そうするともうリアルタイムで出品物が表示されるから、その下にある打ち込み欄に希望金額を打ち込むの。今回は誰も取りに行かないみたいだから最低金額を打ち込んで。」
表示される金額を打ち込めば、後の操作はもう言われなくたって分かる。あとは俺がこの入札、と書かれたボタンを押すだけなのだ。彼女もそれを察してくれているのかそれ以上は何も言わず、ただ俺をじっと見つめていた。
頭の中でぐるぐると思考が回る。彼女はこの表示されている金額を俺の未来のお金だと言っていた。これを使えば、使ってさえしまえば俺はこの会社に就職することが出来てしまうのだ。
とはいえ、このあまりにも眉唾な展開に信じてしまうのは馬鹿馬鹿しい事で、ならばもう吹っ切れてこの夢のような誘惑に乗ってしまうのもありかとさえ思えてくる。
しかしここで本当にこの表示される数字が、未来で俺が貰うはずだったお金だったとした場合、もしかしたらこの会社で働く権利を得る事はもしかしたらとてもとても不味い事なのかもしれない。
考える事によって頭がぐつぐつと沸騰し、心臓がどきどきと煩く音を鳴らす。
ああもう、こうなってしまえばやけだ。
「さすが」
入札のボタンを押して、いつの間にかこもっていた肩の力を落とせば、そんな俺を見て彼女は嬉しそうに言った。
その後、画面には入札可能残り時間と書かれたタブが開かれ、その下には時間が表示されていた。時間の減り方からして、どうやらこの残り時間は二分のようだ。
「誰かが入札すると、その商品に次の人が入札出来る残り時間が表示されるの」
その言葉に、この会社に入札出来るのは俺だけではない事に気付いて、また肩の力が入りかけたが、結局誰も入札する事無く、端末の画面には落札という文字が表示されていた。
そして、スクリーン上でもまた落札という文字が表示されており、スピーカーからはノイズ交じりに『ありがとうございます!』と言う声が鳴っていた。
「買えた…のかな…?」
何だか実感が湧かないや、と言えば、彼女は明日になればわかるよ、と笑う。
「ほら今日はもう色々あって疲れたでしょ?早く帰ってよく寝るといいよ」
「え?でもまだあるのに…?」
「今日は職業に関する物しかないからさ。それとももう転職するの?」
「君は?」
「私はもう少し見てから帰る」
寂しそうな顔しないでよ、と言った後にクスクスと笑って、彼女は持っていたビニール袋からチューハイの缶を差し出す。
「これあげる。今回オークションに参加してくれたご褒美。ちょっと変だけど私のガラスの靴だよ」
ちゃんと私を見つけてねと言う彼女の言葉に頷いた。