第九十八話 守護霊使いの村③
寂れた教会のような建物が僕たちの前に見えてきたのは、それから少ししてのことだった。
「……これなら神殿というよりも教会といったほうが正しいような気がするけれど」
独りごちり、扉をゆっくりと開ける。もちろん、警戒しながら。突然敵の攻撃が出てくることだって十分に考えられるわけだから、それに関しては慎重に物事を進めていかないと。
中は質素な教会で、長椅子が並べられている。しかし暫く人が入った様子が無かったのか、やはり寂れている様子が目立っている。
神父が居る机の後ろには梯子で降りることの出来る穴があった。
「……もしかして、何か隠されている?」
「まあ、ただの寂れた教会では無いだろうな。何かあることは確かだと思う」
そうして僕たちは教会の奥へと足を踏み入れていく。
梯子を降りた先には、廊下が伸びていた。壁には等間隔に蝋燭がつけられており、つい先程まで誰かが通ったような跡も見受けられる。
やはり、この場所には何か裏がある。
そんなことが解るような場所になっていた。
その廊下の続く先には、大きな聖堂があった。山の斜面にむき出しになっているのか、ステンドグラスから月光が入ってきている。
ステンドグラスには人々を導く神のような姿が描かれていた。正確には丘の上に立つ一人の少女が多数の民衆を導こうとしている、そんな様子だった。
そしてそんな厳かな雰囲気に似合わないものが動き回っていた。
のそり、のそり、と。
或いは息を吐きながら、もしくは涎を地面に撒き散らしながら。
メタモルフォーズがその姿を隠すことなく、ゆっくりと動き回っていた。
それも、一体だけではない。何十体といったメタモルフォーズが広い聖堂の中を動き回っていた。
「……なぜ、こんなにもメタモルフォーズが……?」
シュルツさんは顎に手を当てて、首を傾げつつ、言った。
「気になりますね……。しかも、人間を見ても何も反応を示さない。それどころか気にしていないようだ。近づいても威嚇すらしてこないし……」
「あっ、フル。もしかしてこいつら……、リーガル城を襲った奴じゃないか?」
リーガル城を襲った多数のメタモルフォーズ。実際には、首謀者を倒したことによってこちらに来ることはなかったのだが……、確かに翼が生えているところや四足歩行で歩いているところを見ると、その特徴は似ているかもしれない。
「もしかして、ここにメタモルフォーズを住まわせていたのかな。リーガル城にやってきたメタモルフォーズはここからやってきた、ってことになるよね」
「そうだね。元々の目的地はここかもしれない。けれど、今はメアリーが先。こいつらを掻い潜って、奥へ向かおう。どうやら聖堂の両側に扉があるようだし、もしかしたらそちらに居るかもしれない。フィアノの人たちが」
メタモルフォーズたちの真横を通って、僕たちは左側にある扉へと向かった。扉へ向かう際、何回かメタモルフォーズの身体に触れてしまったが、メタモルフォーズはそれを気にすることは無かった。
もしかしたら、彼らにとって僕たちは周囲を動き回る虫と同じ扱いなのかもしれない。それだったら殺すも生かすも自由だし。害を成す存在じゃないと解ってしまえば、放置することも十分に考えられる。
扉を開けると、その聖堂よりも何倍も豪華な神殿が広がっていた。装飾物も壁も床も――すべてが氷で作られたような場所だった。
「……まさか、地下にこんな神殿が隠れていたなんて……」
もともとあった場所なのか、リュージュのような人間が作ったのかは解らない。
けれど、その空間には聖堂や地上の教会と同じような神秘的な空間が広がっていた。
そして、その場所の中央。
そこには何人もの人が居た。
そしてその中の一人には――。
「メアリー!」
僕は、その少女の名前を言った。
ルーシーもほぼ同じタイミングで彼女の名前を口にした。
それを聞いて人々は僕たちのほうを向く。そして、メアリーはそれを見て僕たちのほうへと駆け出した。
「フル、ルーシー! まさかこのような場所まで来るなんて……!」
メアリーは感極まっていて、もう涙がでそうだった。
それにしても、ほんとうによかった。
出会えないと思っていたから。
「大丈夫、何か酷い目にあっていない?」
「ええ、大丈夫よ、レイナ。ありがとう」
「はじめまして、君がメアリーだね。僕の名前はシュルツ。彼らとともに旅をしている。よろしく頼むよ」
ああ、そういえば、シュルツさんとメアリーは初対面だったっけ。
そんなことを思いながら、僕はシュルツさんとメアリーの握手を目の前で見ていた。
「はじめまして、シュルツさん。私がメアリーです。よろしくお願いします」
丁寧に握手をしたのち、頭を下げる。
これで目的は達成。
しかしもう一つの、追加目的が残されている。
「あなたたちが、フィアノの人たちですか?」
僕はメアリーを除いた残りの人たちに語り掛けた。
反応は誰も同じ。頷いたり、ただ僕のほうを見つめたり。
「僕たちは、あなたたちを助けに来ました。急いで逃げましょう、この場所から!」
それを聞いて人々は安堵の表情を浮かべていた。
これで一件落着。追加目的も何とか達成できる――そう思った、ちょうどその時だった。
神殿の奥から、拍手が聞こえた。
反響音も相まって、とても大きく聞こえるが、それはたった一人の拍手だった。
「いやあ、よくここまで辿り着いたね、フル・ヤタクミ」
神殿の奥には、いつの間にやら一人の青年が立っていた。
それは僕たちもよく知る、あいつの姿だった。
「バルト・イルファ……!」
そう。
バルト・イルファが、憎たらしいような笑みを浮かべて、神殿の奥に立っていた。




