第九十三話 食の都と海の荒くれもの⑪
しかしながら、タイソン・アルバの目は嘘を吐いているようには見えない。となるとやはり、ほんとうにリュージュを止めてほしいと思っている?
「信じてくれないかもしれない。だが、リュージュはきっと、何か考えがあって、それを行おうと思っているのだろう。それがどれほどの作戦の規模になるかは解らない。だが、そのために人間を……世界を危険に晒す必要なんて無い。それならば、何か別の方法があるはずだ。それを模索しないと、何も始まらない。そうではないか?」
「……つまり、あなたはリュージュは悪いことをしている一方、考えとしては悪いことをしていない、と?」
「そうは言っていない。ただ、殺すのはどうか、という話だ。戦うことは間違っていないだろう。なぜなら彼女は人道に反したことを行っているわけだから。けれども、そうだと言って、そのまま殺してしまうのはどうか、という話だ」
……タイソン・アルバはリュージュの味方でありたいのか、敵で居たいのか?
解らなくなってきたが、それを簡単に質問するわけにもいかない。
「だから、私はそのためにできることをする。まずはこれを君にあげよう」
そう言って、タイソン・アルバは知恵の木の実を差し出した。
けれど、それは人の記憶が詰め込まれたものだ。もっと言うなら、人の命がその一つ作ることによってどれくらい失われたのだろうか。それを考えると、素直にそれを受け取ることは出来なかった。
タイソン・アルバは僕が困っている様子を理解したのか、首を傾げて、そちらを見た。
「……もしかして躊躇しているのかね? ならば、それはあまり考えないほうがいい。これを開発した私が言うのも何だが……。この知恵の木の実にはまだ人間の生きたいという意思が込められている。どうか使ってはもらえないか? そうでないと、記憶エネルギーを吸われた人間が浮かばれない。あくまでも、これは勝手なエゴになるわけだが……」
命はまだ生きようとしている。
このような姿になっていたとしても。
まだ生きたいと願っている。
おそらく――もう元の姿に戻れないと知っていたとしても。
「……じゃあ、僕は、僕たちは、これをどう使えばいい?」
「おい、フル! この科学者のいうことを聞くのか?!」
ルーシーが僕とタイソン・アルバの会話に入ってくる。それにしても、本人の目の前でマッドサイエンティスト呼ばわりというのはどうかと思うが……。
それはそれとして。
タイソン・アルバは溜息を吐いて、頷く。
「それで、どうする? これを受け取るか、受け取らないか。これがどう作られたかはさておいて、知恵の木の実はこの世界において重要なアイテムだと思うが?」
「それは……」
知恵の木の実さえあれば、どれくらい戦闘が楽になるか。それは僕だって解っていた。けれど、やはりそれが生まれた由来がどうしても気になってしまう。人間の記憶エネルギーを濃縮することで作り上げた、人工の知恵の木の実。それを使うことは、命を蹂躙することにほかならないだろうか?
「知恵の木の実は重要なアイテム。それは解っている。けれど、それは人の命を使って生み出されたものなのだろう? だったらやっぱり受け取ることは出来ないと思うのだけれど、どう思う。フル? これはあくまでも僕の考えだ。だから、君が受け取るべきと言うのであれば、受け取って構わないと思うよ」
つまり。
ルーシーとしては別にどうだっていいが、どちらにせよ、人の命を使って生み出したものであることには変わりないということだ。
それは僕だって解っているし、理解している。けれど、知恵の木の実さえあれば大分戦略的に余裕が生まれる。
じゃあ、どうすればいいか。
一体全体、僕はどう選択すればいいか。
タイソン・アルバは話をつづけた。
「……私は君たちに、世界を救ってもらいたいと思っている。そして、その第一段階で手助けをしたい。これは私自身の贖罪だ。君たちにこれを使ってもらって、世界を救ってほしい。その一助になれば……私はそう思っているのだよ」
それは、勝手な言葉だった。自分勝手な言葉だった。
タイソン・アルバの、自分自身の贖罪という言葉を果たすための。
自分勝手な言い訳に過ぎない。
「……もう、その研究はしていないんだよな?」
僕はタイソン・アルバに訊ねる。
それは、ほんとうに贖罪の意志があるのか――その確認でもあった。
タイソン・アルバは間髪入れることなく、はっきりと言い放った。
「ああ。もうその研究はしていない。それに関する資料は破棄している。そして、これが人の記憶エネルギーを使って作り上げた最後の知恵の木の実だ。ああ、あと言わないでいたが、ここに居る乗組員は大半が私の研究を手伝ってくれた人たちだ。だから、彼らも私の味方ということになる」




