第八十九話 食の都と海の荒くれもの⑦
次の日。
僕たちはドックに居た。いつも通り、という様子でドックの人間はただ僕たちを見て通り過ぎていくだけだった。
ドック内にある売店に入り、カウンターへと向かう。
「いらっしゃい。……昨日来ていたガキどもか。一応言っておくが、冷やかしだけはやめておくれよ。船を買うだけの金が無いなら、最初から船を欲しいなんて思わないほうがいい。メインテナンスも面倒だからな」
店員が不貞腐れたような様子で僕に言った。どうやら船はあまり売れていないらしい。その鬱憤を僕にぶつけたいようだが、とはいっても、僕にぶつけられたところで何も物事が変化するわけではない。まあ、ストレス解消くらいにしか思っていないのだろう。はっきり言ってそれは悪循環の第一歩にしか過ぎないと思うけれど。
それはそれとして。
僕は書状を見せる。それは国王たるリュージュの書いた船を提供するよう求めている書状だ。許可状といってもいい。これを見せることで船が一艘手に入るという、大変便利な書状だ。
それを見た店員は目を丸くして書状と僕を交互に見ていく。
そして、ゆっくりと、恐る恐る呟いた。
「……あんた、この書状を一体どこで……? いや、それはどうだっていい。とにかく、船を一艘ということだよな。国王陛下のご命令ならば、最新鋭の船を差し上げねば! おおい、ちょっと来てくれ!」
そうして店員は裏へと消えていった。正確には裏の扉を開けて、外に出て行っただけだが。
……何か、想像以上に面倒なことになりそうだぞ。
そんなことを思った僕だったが、もう遅かった。
十分後。
「うへえ、あなたが船を所望している、と? しかも、国王陛下から直々に……ちょいと書状を見せていただいても……。ああ、成る程。これはすごい。素晴らしい。本物ですね。まぎれもない、本物です。きちんとした印も押されています。では、これはやはり、本物であると。へへえ、流石ですね。それにしても、どうしてそんな……。ふむふむ、おやあ! まさかあなたは予言の勇者様であると? 成る程、成る程。そのために、世界を救うためにここの船を使っていただけるとは! 国王陛下も、流石です」
……長い話をするのが好きそうな、恭しい笑みを浮かべた小太りの男が突然やってきて、僕たちに相槌をさせる暇も与えることなくずっと話をしていた。
ちなみに今の話の最中、相槌を入れようにも入れる暇が無い――というのはまさに文字通りの意味で、まるで何かを隠し通そうとしているくらいに間が無かった。
「とにかく、いずれにせよ、あなたたちに素晴らしい船を差し上げねば! そう、それは、最新鋭。世界のどこにもない、『錬金炉』によってエネルギーを転換させる技術を利用した、システム! これに名前を付けるなら……、いや、それは、いいでしょう。それは、所有者たるあなたたちが決めること。私たち、商人にとっては、どうだっていい話なのですから」
「錬金炉……って?」
そこで漸くルーシーが相槌、もとい質問をすることが出来た。
小太りの男はそれを聞いて大きく頷くと、踵を返す。
「あ、あのー……?」
「ここで説明するよりも、本物を見せたほうが、いいでしょう! あなたもそうは思いませんか? 確かに、説明することも立派な仕事です。ですが、見せながら説明することで、理解度が上がるはず! 現にこれから半永久的に利用されるのは、ほかではない、あなたたちなのですから!」
ああ、成る程。
そうならそうとはっきり最初から言ってくれればよかったのだが……、まあ、別につべこべ言う必要もないか。
そうして僕たちは船へと向かうべく、その小太りの男についていくのだった。
小太りの男が足を止めたのは、ちょうど船の目の前だった。
そこにあったのは大きな木造の船だった。はっきり言って四人で使うには大きすぎる。ただ、竜馬車は入ることが出来るのでそれについては問題なかった。
「この船は、設計から開発、そして完成まで、十年以上の歳月をかけています。ですから、我々の中でも自信作といっても、過言ではありません! ……さあ、中へお入りください」
それに従って、中へ入る。
甲板から階段を下りると、中央に巨大な機械が置かれていた。
「……これは?」
「これが、先程お伝えした、錬金炉になります。海水を取り出して、それを真水に分解します。そうして炉の中にある錬成陣……それにより酸素を作り上げます。一度、火をつけることでその火は消えることなく燃え続けます。そして、水は蒸気となりタービンを回して、エネルギーとなるのです。そうすることで、この船は、風が吹いていない凪の状態でも、動くことが出来るのです。どうですか、この船は」
つまり蒸気機関が搭載されている、ということか。
それにしてもこの世界の科学技術ってすごく発展しているように思える。まあ、もともと僕がいた世界に比べれば雲泥の差なのかもしれないが、魔術と錬金術が発達している時代であるというのに、これほどの科学技術を搭載した船を開発できる環境にあるということ、それについてはほんとうにこの世界の人たちが優秀なのだということが理解できる。
「船についての説明は、以上になります。何か質問はありますか?」
僕たちは何も言わなかった。
同時に、僕たちがこの船を選択した瞬間でもあった。




