第八十七話 食の都と海の荒くれもの⑤
はてさて。
結局、その日僕たちはヤンバイト城の部屋にて眠ることとなった。食べ物も食堂にある料理を食べていい、ということだったので有り難くそちらを頂くことにした。そこについては国王の許可を貰っているので遠慮なく頂いたほうがいいだろう。もし何かイチャモンをつけてくる人間が居れば、そう発言して処理すればいい話だし。
しかし、生憎――というか結局、僕たちのことをとやかく言う人は居なかった。どうやら早くに根回しをしてくれたらしい。それはそれで大変有り難いことだと思う。
さて。
夕食は美味しいものだったかといわれると、はっきり言って普通だった。『普通』をどの段階で言えばいいのか……という話になってしまうかもしれないが、正確に言えば、だれも僕たちが居ることについて疑問を持たなかった。
「……味はそれほど、という感じなのかな」
プレートに乗せられているのは、それぞれ様々な種類の色をしたペーストだった。話によれば機械で作られているためか、そのような形式がここでは主流なのだという。栄養もしっかり管理されているので何ら問題はないらしい。
とはいえ。
「……食べた感じはしないけれどね」
ルーシーの言葉に、僕は一瞬頷くかどうか躊躇ったが、少しして僕はルーシーの言葉に同意するように頷くしか無かった。
確かにこれなら栄養はきちんと管理されているのだろう。けれど、『食べた』という感じが得られない。……何と言えばいいのだろうか、ええと、満足感? そういうものが獲得出来ない、とでも言えばいいのだろうか。いずれにせよ、僕たちはそれに不平不満を言うことはなかなか出来るものではなかった。
客室。
正確には、兵士詰所内部にある一室。
一応貸し切りとはしてくれたものの、部屋のスペースは四人で宿泊するには狭い。ベッドが二つしか無いということもあるが。
一応敷布団と掛布団は貸してくれたけれど、板張りの床にそれを敷くと腰が痛くなりそうだ。
いずれにせよ、寝ない限り明日はやってこない。
結局ベッドに寝るのは僕とレイナ、ルーシーとシュルツさんが布団で眠ることとなった。
本当は僕ではなくてシュルツさんが眠るべきだと思ったのだけれど、
「君が予言の勇者という地位にいることははっきり言って知らなかった。だからこそ、ここは君にその場所を譲るべきだと思うよ。それに、君が僕にここを譲ろうとしている一因は、年長者だからという単純な理由からなのだろう? もしそうであるならば、そんなことは気にしてもらわなくていい。君は予言の勇者なんだろ。だったら余計なことは考えないほうがいい」
……という、長い理由を述べたまま頑として動かなくなってしまったので仕方なくベッドに眠ることになった、ということだった。
「……ということで、眠ることになったわけですが」
床に布団を敷いてしまうともう歩くスペースがない。足の踏みどころがない、とでもいえばいいのだろうけれど、まさにその通り。結局、僕とレイナがベッドに腰かけ、ルーシーとシュルツさんが布団に座っている形になっていた。これだけ見るとお泊り会か何かか、と疑われてしまうかもしれないがそんなアットホームな雰囲気が流れていることもまた事実なのであんまり強く言えない。
「明日の予定を改めて、説明しておくことにしようかと思う。この場合、説明というよりも整理になるのかもしれないけれど。……ええと、明日は朝起きて書状をもってドックへ向かいます。そして、新しい船を手に入れる。だけれど、問題はそこから。そこからどうするか? そのタイソン・アルバを捕まえることは別に問題ないのだけれど、彼がどこへ向かってしまったのか? それは国王……ですら解らなかった」
「確かに。それは問題だよな。それは話を聞いていて思っていた。どこへ向かったのか、はっきりしていない。海に逃げた、とは言っていたがそれはあくまでも可能性にすぎない。その可能性が消えている可能性だって十分、いや、十二分に有り得るわけだし」
「そうだよね……。ルーシーもフルもそう思っているよね。私も実はそう思っていた。けれど、国内の土地をやみくもに探すよりかはそちらのほうがいいんじゃないかな、って思うのよ。それに、もし海に逃げたのならばドックの人に聞いてみるのもいいアイデアなんじゃない? ドック、あるいは港は海からやってきた人も多くいるはず。そういう人たちなら海の向こう、あるいは海で得た情報を教えてくれるかもしれないし」
シュルツさんは僕たちの言葉にただ無言で頷くだけだった。
というわけであっという間に結論が出た。
僕は溜息を吐くと、ゆっくりとベッドから立ち上がる。
「……それじゃ、満場一致ということで、明日朝ドックで船を受け取るとついでに、港やドックでタイソン・アルバの情報を収集する。そうして改めて海に出る。……それでいいかな?」
その言葉に、誰も言い返さなかった。
僕はそれを了承という意味で受け取ると、右手を掲げる。
「それじゃ、何だか寄り道のように見えるかもしれないけれど……、メアリーを助けるためにも、明日からがんばるぞ!」
その言葉に、僕たちは大きく頷くのだった。




