第六十八話 シュラス錬金術研究所㉑
僕たちは施設の中に入っていた。
施設、と言ったのは簡単なこと。洞窟の入り口かと思っていたのだけれど、いざ中に入ってみたら広がったのは鉄板で出来た壁だった。いくら何でも鉄板が自然で出来たとは考えられない。ということは、この壁は人工の壁だということに、容易に説明が出来る。
問題はこの場所の全容だ。扉が開いていたから何とか中に入ることが出来たものの、あの塔も含めて岩山全体がこの施設であるとするならば、攻略するのは難しいかもしれない。
しかし、メアリーを救うためだ。どうこう言っていられる場合ではない。
「……メアリーを助けるためには、もうなりふり構っていられないんだ……!」
目の前で、シュルツさんを失った。
彼のためにも僕たちはメアリーを助けなくてはならない。必ず。
「しかし、フル。こんな広い場所を簡単に探すことなんて出来ないと思うのだけれど?」
「それはそうだけれど……。でも地図とか無いしなあ」
これがロールプレイングゲームとかならば、きっとどこかに地図が落ちているか、セレクトボタンとビーボタンを同時押しすると地図が表示されるはず。けれどここは現実。異世界ではあるけれど、現実ということには変わりない。
そういうことだから、現物の地図を探す必要があるということだ。
しかし、はっきり言ってこのような場所に地図がご丁寧に置いてあるとは思えない。となるとやはり自分の方向感覚を頼りに闇雲に進むしかない――そういうことになる。
「……とにかく、ルーシー。このままいくべきだとは思わないか?」
だから僕は、ルーシーにそう言った。
別にルーシーだけに言ったわけじゃない。確かにルーシーの名前しか言っていないけれど、レイナもその発言を聞いて同じように頷いていた。
とはいえ、この状態が好転するものではなかった。
この場所の構造が判明しない以上、何かあったときに逃げることが出来ない。あるいは作戦を立てるときに厄介なことになる――それが面倒なことだった。
その時だった。
ドシン。
何かが響く音が聞こえた。
「……なあ、フル」
「ああ、ルーシー」
聞こえたのは僕だけじゃなかったらしい。ルーシーもそう言ったので、僕は頷く。
そしてそれはレイナも一緒だった。
いったい、何の足音だったのだろうか? ……ここでなぜ僕が足音と明言したかというと、すぐにその影が見えたからだ。
「……なあ、あれ」
あれはどう見ても人間の影ではない。
もっと違う、大きな、獣……?
ずしん。びちゃり。
先ほどの足音に追加して、何か濡れているような音も聞こえる。
獣は濡れている……?
「いや、違う。獣じゃない……! あれはまさか……!」
「いひひ。そうさ、その通りだよ。あれはメタモルフォーズさ」
そこに居たのは、白髪頭の眼鏡をかけた男だった。不敵な笑みを浮かべていた男は、どこか不気味に見える。
「お前は何者だ……?」
「僕かい。僕の名前は……そうだねえ、自分の名前をそう何度も言うことは無いから、覚えてもらう必要も無いよ。ドクターとでも言ってくれればいいんじゃないかな。いひひ、でも会う機会はもう無いと思うけれどね」
そう言ってドクターと言った男は眼鏡をくい、と上げて、
「なぜなら君たちは僕の開発したメタモルフォーズに蹂躙されるのだから!!」
刹那、ドクターの背後には巨大な獣が登場した。
その獣は今まで僕たちが見てきたメタモルフォーズ――厳密に言えば、エルフの隠れ里で出会ったそれと同じような感じだったけれど――とほぼ同じ容姿をしていたけれど、その身体自体はゼリー状になっていた。プルプル振動している、とでも言えばいいだろうか。
「……まさか、それもメタモルフォーズだというのか……?」
「どうやら、メタモルフォーズがどういうものであるのか、君たちはまだ理解していないようだけれど。メタモルフォーズはどのような容姿でも問題ないんだよ。もともとのメタモルフォーズ……オリジナルフォーズからの遺伝子を取り込んでいれば。そして、そこから改良されていれば」
「オリジナルフォーズ……」
ということは、彼ら研究者はオリジナルフォーズの遺伝子をどこかで所有していて、それを自由勝手に研究・開発をすることによってメタモルフォーズを生み出している――ということになる。
「研究のためだけに……人々を不安に陥れている、ということか!」
「研究。そうだよ、メタモルフォーズは人間の進化性、その一つとして挙げられている。そして僕もそのように考えている、ということ。それによって何が生み出されるのかはあまり明確に考えていない科学者も大半だけれど……、けれどそんなことよりも、僕は人間の進化の可能性以上のことを考えている。それはきっと君たちに話しても解らないことだと思うけれどね。君たちがここに居る時点で、ただの社会科見学、ということにはならないだろうから。いひひ! それにしても、勇者という職業は面倒なことだねえ。自ら、危険なところに首を突っ込むのだから。少しは休憩したいとか、面倒だとか、考えたことは無いのかい? ……まあ、僕の言葉は戯言だから、別に気にすることもしないのかもしれないけれど」




