第六十三話 シュラス錬金術研究所⑯
まあ、そう簡単にうまくいくわけもなく。
そもそも僕たちの向かう場所がメタモルフォーズの巣。そうとも知ればそこまで生きたがる稀有な存在など当然いる筈もなく、結局のところ、交渉は難航していた。
そこまでははっきり言って予想の範疇。
問題はそれよりもスピードを優先すべきことだった。メアリーがどうなっているか解らない現状、大急ぎでバルト・イルファが向かったとされるシュラス錬金術研究所へと向かわねばならない。しかしながら、僕たちにはその場所を知る術は無かった。そうとなると、別のアプローチでシュラス錬金術研究所へと向かう必要がある。
現在において、唯一の情報はメタモルフォーズの巣があるという情報のみ。そしてそこへ向かうには徒歩では少し遠すぎる(必ずしも徒歩では行けない距離ではないけれど)。そうなると、やっぱり足は必要になってくる。そういうものだと思う。そうとなれば話は早い、ということで僕が主体となって契約をする必要が出てくるわけだ。
果たして、なんの契約か――なんてことは言わなくたっていいと思う。
馬車、或いはトラック。
正確に言えば足になるものがあればいいのだけれど、この世界において足と呼べるものはそれしか無い。実際、こういうものを使うとなると契約してお金を支払えばいい。別にお金さえ支払えば子供であろうが遠い場所であろうが対応してくれる――はずだった。それが上手くいかないのは僕たちが向かいたいその目的地が原因だろう。目的地はメタモルフォーズの巣、そんなところに行きたい子供を、果たして契約するといえ連れて行ってくれるだろうか? 良心の呵責があって連れて行こうとは思わないかもしれない。そもそも、実際そのように言われて断れたのが殆どなわけだけれど。
「……しかし、フル。これからどうする? このままだと何も解決することが無いまま時間だけ過ぎてしまうことになるが」
「それくらい解っているよ。……しかし、どうすればいいか」
ルーシーに指摘されなくてもそんなことは知っていた。
問題はそれをどう解決するか。その方法が思いついていなかった。それが一番の問題だったかもしれないけれど、とにかく見える範疇の問題を一つずつ解決していかないと、何も前には進まない。
「解っている……。だから、僕たちは作戦会議をするためにここにきているんだ。何か、考え付かないか、ルーシー。まあ、最悪歩いてもいいのだけれど、そうなると数日間の食料プラス眠るところを確保する必要がある。道中に何もないのが欠点だよな……。街道って、もっと普通ユースホステルみたいなものがあるんじゃないのか?」
「え、えーと、ユースホステル?」
「あ、ごめん。こっちの話。ルーシーには関係ないよ」
今、僕たちは作戦会議と昼食を同時に済ませるため、近所のレストランに居た。しかしながら、まったく意見が出ることなく、不毛な作戦会議となってしまっているのだけれど。
僕が食べているハンバーグも残り三分の一程度。さて、どうすればいいのやら……。
「ちょっとごめんよ。さっきから聞いていたのだけれど、行商を募集しているようだね?」
それを聞いて、僕はそちらを向いた。
隣のテーブルからの声だった。隣のテーブルでは、一人の商人が同じように食事をしているようだった。
「……そうですけれど、どうかしましたか?」
「いや、盗み聞きをしてしまったようですまなかったな。ちょっとその話を聞いていたら、適役かもしれない相手を見つけたんだよ。よかったら、ちょっと話だけでもそいつに話してはくれないか?」
「……別にいいですけれど」
クールを装っているけれど、これはチャンス。
ここで契約を上手く取ることができれば、メタモルフォーズの巣まで簡単に移動することが出来る。そう考えて僕は二つ返事でその商人と思われる男性の言葉に頷いた。
「いいのか? フル。そう簡単に了承しちゃってよ」
「別に問題ないと思うけれど。だって、僕たちも必要としていたのは事実。そしてこの人が適役を見つけてきている。それなら一度会ってみないと話は解らないだろう? そこで契約可能ならばしちゃえばいい。ダメならダメでまた別の可能性を探ればいい。そうだろう? そんなことよりも今は可能性の一つを潰してしまうことが問題だと思うよ」
「それはそうかもしれないが……」
ルーシーの言葉を聞いて、商人は向かいの席に腰かけていた――正確に言えば机に突っ伏して眠っている状態ではあるのだけれど――人の身体を揺さぶる。
「おい、起きろよ。眠っている場合じゃないぞ!」
そうしているうちに、漸くその人は起きだす。それでもゆっくりとした感じでとても眠そうだったが。
「……あれ? どうかしましたか。今日は僕が仕事の無さすぎを励ましてくれる会だったでしょう。もう終わりですか、お開きですか。それともアルダさんはお仕事があると、いやあ、いいご身分ですねえ。僕はずっとお仕事がありませんから借金も返せないのに」
「そういうことじゃねえ。自分を卑屈に思うのは辞めろ、仕事にも影響するぞ。……そんなことより、ビッグニュースだ。お前に仕事が生まれるかもしれないぞ」
それを聞いてビールと思われる黄色い液体を飲み干す男の人。顔はほんのり赤く染まっているのだけれど……大丈夫だろうか。ちょっと不安になってきた。
ビール? を飲み干したところで、男の人はそれでも向かいに座っているアルダさんが何を言っているのか理解できない様子だった。
そして少しの時間を要して、目を丸くして、身を乗り上げる。
「それは……本当ですか? アルダさん。僕のテンションを上げるための、面白がるための嘘なのではありませんよね?」




