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異世界で、英雄譚をはじめましょう。  作者: 巫 夏希
第二部第五章 カミとヒト編
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第三百二十二話 終わる世界①

「だからどうした。その考えは君だって同じじゃないのか? ガラムド」


 ヤルダハオトは敢えて彼女をガラムドと呼び、そう答えた。

 ヤルダハオトは未だ余裕のある表情を保っていたが、対してガラムドは苦しそうな表情だった。それはヤルダハオトに未だ何か策が残っているということを暗に示唆していたようにも見えた。


「君が何を考えているか、当ててあげようか。……きっと君は今、どうにかしてあの人工知能にアクセスできないかどうか考えているのだろう。確かに権限は僕と同等だから、やろうと思えば出来るだろうね。……しかしそれも、僕が『与えてやった』権限そのものに過ぎない! その意味が……もはや言わずとも分かるだろう?」

「……あなた、この世界を破壊するつもりね? 破壊して、そのエネルギーを使って『扉』を開くつもり? 老人達の戯言には従わないと言っていたあなたが、そんな世迷い言を信じるなんて」

「多次元宇宙の存在は実証されている。それはこの世界と、君が管理していた……おっと、失礼。正確には『閉じこもっていた』あの世界が繋がったことで実証されているだろう。もしも神が、ぼくたち人類よりも高い知能をもち、ぼくたち人類よりも数歩先を見据えているならば、バックアップの一つや二つは用意しているはずだ。そうとは思わないか?」

「それは、老人達が言った戯言に過ぎないはずでは……!」

「シリーズという個体。あれは非常に興味深い情報を教えてくれる、とても素晴らしい存在だよ。例えば多次元宇宙の肯定、例えば宇宙の終焉とその先の計画(プロット)、まだ他にもあるけれど、あまり他言無用はするなとのことだったからね。取り敢えずはこれぐらいにしておこうか」


 ガラムドはそれを聞いて身体を震わせていた。

 シリーズと交流を持っていたのは、何もヤルダハオトだけではない。ガラムドだってシリーズと交流を深めていたのだ。

 しかし、その知識は、ヤルダハオトがガラムドに開け広げたその知識は、シリーズが教えてくれることは無かった。

 それをいち早く理解したのはヤルダハオトだった。


「何だい、何だい? もしかしてその情報は初耳だったかな? 聞いたことがなかったかな? だとすれば、それは僕が君より優位だと言えるねえ。あれ程長い間、退屈にも近い感覚を得ていたはずなのに、知らなかったんだ?」

「……五月蝿いわね。あなたが知り得ている情報全てが、この世界の為になるものとは限らないでしょう? あなたは少しシリーズを過信し過ぎている」

「だとしたらどうなんだい?」


 なおも、ヤルダハオトは態度を変えない。

 変えることは無かった。


「一つ、視点を変えてみようか(・・・・・・・・・・)、ガラムド。君が何を考えているのかは分からないが……少なくとも人間は多次元宇宙の存在に遅かれ早かれ辿り着くんだよ。考えてもみれば分かる話だ。いずれは枯渇する資源を、増え続ける人類は分配し続けなくてはならない。それは人間の種が定められた宿命であり、終わることのない課題だよ。でもね、ガラムド、もし分ける人数が増え続けるなら、それを減らしてしまえば(・・・・・・・・)いいじゃないか」

「……まさか! あの戦争も、この為に起きたというの? 減りゆく資源を有効活用する為に、先ずは人間全体の数を減らしたことで……。嘘、嘘よ。確かにそれなら資源問題は若干ではあるけれど先送りも出来る」

「でも、先送りしたとしても、いつか訪れる終焉には変わらない」

「そこで、エルダリアの凍結を提案した……。丁度精神を肉体から切り離す研究をしていた私たちを利用して」

「その通り。ま、僕は利用されたなんて思っちゃいないけど。寧ろ好都合だった。……だって、あの五月蝿い老人どもを出し抜けるんだからね!」


 ヤルダハオトは高笑いする。

 ガラムドはそれを間違っていると思っていた。

 ガラムドはそれが間違っていると分かっていた。

 分かったつもりでいたのであって、分からないわけではなかった。

 けれど、彼女は、それを受け入れるには、あまりにも遅すぎた。


「多次元世界の存在を否定していた、あの老人どもは考えが遅かった。結局彼らは僕たちの考えていた研究のテーマである『0と1の世界の構築』がいたく気に入ったんだろうね。そうして、それを使うことで世界を救うことが出来るだろうと思ったわけだ。……ほんと、どれだけ若者を操れると思っているのだろうね! 馬鹿としか言いようがないよ!」

「……あなたは間違っている」

「いいや、間違っていないね。君の管理していたあの世界は不完全な代物で、不都合ばかりが広がっていた。君も認識していたのではないかい、あの世界にも、僕たちが知りたかった未来を見つけることが出来なかったことを」

「私は……」


 認識しなかった。

 知らなかった。

 知りたくなかった。

 知られたくなかった。

 知ろうとしなかった。


「でも、私は」


 知りたいと思った事は無かった。

 あの世界の人たちに――愛情がわいた。

 それは同情かもしれない。

 操作された世界を、必死に生きる人たちに、自分たちの絶望した未来を重ね合わせたのかもしれない。


「……もし、あの世界に僕たちを重ね合わせた、というのなら、それはただのエゴだよ」


 しかし、ヤルダハオトは冷酷に、淡々と、真実を告げる。


「君のことだ。あの作られた世界を、きっと守りたいと思ったのだろう。もともと破綻していた世界だ。その世界を守るも捨てるも、管理者たる君の権限でどうでも出来ただろう。……でも君は、黙示録の通り演じきった。勇者のロールを人工知能『アリス』に与え、フル・ヤタクミを勇者たる存在へと昇華させた。流石だよ、流石と言わざるを得ない。僕なら、そんな着々と君のような計画を立てて行動することが出来なかっただろうからね」


 ヤルダハオトは、ガラムドが何を考えているのか分かったつもりでいる。

 しかしそれは大きな間違いだ。例えばメアリーたちが生まれ育った世界で生きた人間ならば思考を読み解くことも出来よう。だが、ヤルダハオトとガラムドは元々同じ世界の人間だった存在だ。その二人の思考を、それぞれが読み解こうとしてもそれは同位的存在のいずれかが高次元に視野を広げない限り不可能な話だ。

 だと分かっていても、ヤルダハオトは分かったつもりでいた。

 そうでなければ、彼の平静が保てなかったのだ。

 彼もまた――脆弱な精神を抱えていたのだ。



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