第三十一話 決戦、リーガル城②
「よう、兄ちゃん! アピアルはどうだい? 新鮮でとってもおいしいぜ。それに食べると元気になる」
焼きそばを食べていた僕にそう声をかけてきたのは、青果店――元の世界で言うところの『八百屋』のような場所に居た人だった。ねじり鉢巻きをつけて、僕に何かを見せつけている。それがアピアルというものなのだろう。しかしながら、それはどう見ても林檎の類にしか見えないのだけれど。
「アピアルはこの世界にとって、知恵の木の実と同じ形状をしているから、ということでとても重宝されているね。滋養強壮にいいというからねえ、アピアルは」
ゴードンさんはそう言って僕たちに補足した。
この世界では林檎が重宝されている、ということか。確か前の世界でも林檎は滋養強壮にいいって言われていたし、この辺りは共通認識なのかもしれない。異世界と元の世界で共通認識とは何事か、という話になるけれど。
「アピアル、先ずは一個食べてみないかい? 新鮮で、とっても美味しいからさあ!」
そう言って店主は僕にアピアルを差し出す。そこまで言ってくるというのなら、やっぱり味に自信があるのだろう。そう思って、僕はアピアルを手に取った――その時だった。
右のほうから、声が聞こえた。
最初は微かなものだったけれど、徐々にこちらに近づいてきているのか、その声のトーンが大きくなってきている。
「どいた、どいたーッ!」
セミロングの金髪の少女だった。
着古した黒を基調とした服装は、露出度がそれなりにある。へそ出しルック、とでも言えばいいだろうか。そういう感じ。そんな彼女は、とても足が速かった。
「おっと、ごめんよ!」
僕たちにぶつかりそうになったのを、彼女はそう言ってうまい具合に避けた。
「大丈夫だったかい。まったく、アレは盗賊だよ。ああいう風に何かを盗んでは質屋に売りつける。残念ながら、あれも一つのビジネスとして成り立ってしまっているのが実情だ。我々も何とかせねばならないのだがね……」
じゃあ、何とかしてくださいよ。さっきの、普通に考えれば警察的役割たるあなたが何とかしないといけませんよね?
そんなことを思いながら僕はふと手を見つめる。
……無い。
さっきまで手に持っていたはずの、林檎が無い!
「ああ、もしかしてさっきの嬢ちゃんが奪っていったか? だとすれば災難だな。アイツは腕利きの盗賊として有名だよ。名前はなんと言ったかな……」
「レイナだ」
「レイナ」
「そう。彼女の住処は一切判明しないものでね。我々が探索してもうまく掻い潜るのだよ。味方であれば頼もしい存在ではあるが、如何せん彼女は盗賊だ。市民に迷惑をかけている以上、我々は彼女をとらえ、罰せねばならない」
「盗賊というのは、この町にたくさんいるものなのですか?」
メアリーの問いに、ゴードンさんは首を横に振る。
「いいや、そういうものではない。むしろ少ないと言ってもいいだろう。しかしながら、あのレイナという小娘は盗賊の中でも名が知れている。しかしながら、まだ住処の場所も掴めない。気付けば居る……そして雲のように消えてしまう……。そういう存在だと言われているのだよ、彼女は」
「だとすれば厄介だな……、あれ?」
そこで僕は、ある違和感に気付いた。
鞄に入れていたはずの、あるものが無かった。
それは鍵だった。トライヤムチェン族の長老からもらった、大事な鍵だった。
「……鍵が無い」
「鍵? 鍵ってまさか……」
一言だけメアリーたちに言うと、勘のいいメアリーはすぐに理解したようだった。青ざめた表情で、僕に告げる。
「うん。……トライヤムチェン族の長老にもらった、あの鍵が無い。どうやら盗まれてしまったみたいだ……」
「それは大事な鍵なのか?」
ゴードンさんの問いに、僕は頷いた。
小さく溜息を吐いて、ゴードンさんは踵を返した。
「まず町を訪れるときにそれについて説明したほうが良かったな……。いや、それについてはもう後の祭りではあるが、致し方ない。先ずは、それを解決する必要があるだろう」
「隊長、どうなさいましたか、このような場所で!」
ようやくレイナを追いかけていたであろう兵士が息絶え絶えにやってきた。
ゴードンさんは溜息を吐いたのち、
「どうした、ではない。ここに居る旅人も鍵やアピアルを盗まれたようだ。だから、私もレイナ逮捕に協力する。言え、やつは何を盗んだ?」
そうして兵士は頷くと、レイナが盗んだものを言った。
それは、銀時計だった。
「銀時計……だと? それは、国家直属兵士の証ではないか! なぜ、そんなことを盗まれてしまったのか? なぜだ!」
「はっ、恥ずかしいことではありますが、兵士が一瞬目を離したすきに……」
「馬鹿な。超人だというのか、あのレイナという盗人は!?」




