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異世界で、英雄譚をはじめましょう。  作者: 巫 夏希
第二部第四章 邪神ヤルダハオト編
312/335

総集編:彼、または彼女が物語を始めるまで

一度、物語を振り返りましょう。


■全編書き下ろし

■時系列を無視した総集編のため、1~308話までの復習をオススメします。

 ガラムド暦五一〇年。

 彼女は神託を受けた。

 世界を二分する大戦の始まりを受けた彼女は、即座に世界を守ろうと決断した。純粋な少女だった。にも関わらず神は言った。「その戦いを止める必要など――存在しない」と。




 その千五百年後――。

 彼女は、神を殺そうとしていた。

 神の力を手に入れようとしていた。




「人間が神の力を手に入れようなど……奢りなのかもしれないがね」


 リュージュは誰も居ない部屋で一人呟いていた。

 神を信じずに生きていた自分が――いつしか祈祷師となり、神の預言を得る者となっていた。

 そうして彼女は敢えてそれを受け入れて、今の地位まで上り詰めることが出来たのだ。


「……予言の勇者。貴奴がいることで最後のピースができあがる。あとは……あと少しだ」




 その数ヶ月前――。

 彼女もまた、神託を受けていた。


「予言の勇者が……この世界にやってくる、というのですか」


 テーラの預言――それは俗説或いは邪教の一説として捉えられており、世界からは楽観視されていた話題に過ぎなかった。

 そして彼女もまた――その事実について一切信用してはいなかった。


「ほんとうに、世界が滅びるというのですか」


 神は首肯する。

 それを聞いて、彼女はゆっくりと頷いた。

 彼女もまた、神の一族。

 神託を受け入れるには、十分な器が備わっていたのだから。




「……ここはいったいどこだ?」


 彼は異世界への召喚に困惑していた。

 当然だ。今まで住んでいた世界とはまったくの別世界――その世界に慣れ親しむことなど難しいはずだ。




 その数ヶ月後――。

 彼は決断を迫られていた。


「ルーシー・アドバリーは完全に同化している。助けることも出来るだろうが、難易度は難しい。はっきり言って、殺してしまった方が楽だろうよ」


 彼の隣に立っていたバルト・イルファは面倒そうな表情を浮かべて言った。

 あたかも、ルーシーを殺してしまった方が非常に楽であるということを言いたげに。


「何なんだよ……。そんなこと、選べるわけがないじゃないか」

「フル。私はあなたに従う」


 メアリーはフルに向いて、言う。

 でもね。メアリーは続ける。


「きっとルーシーも葛藤しているはずよ。今の状況を。私たちと戦わなくては為らないという状況について――」



 ◇◇◇



 ラドーム学園、第一講堂内。

 進級試験、開始二十分前。




 一人講堂に入ったフルは講堂にあるテーブルの一つに近づくと、そこの近くにある椅子に腰掛け、目の前にある物を見つめる。

 黒い塊と、水が入ったガラス製の瓶、そして白墨。

 講堂には錬成陣を描いても直ぐに消せるように土のフィールドが用意されており、そこは既に誰かが使用したのか白墨が混じっているような感じとなっていた。

 準備は出来ているが、確認も怠っては為らない。

 そうして彼は白墨の一つを手に取った。



 ◇◇◇



「今よ、フル!」


 メアリーはメタモルフォーズ――その当時は彼女たちも知らない名前だったが――に攻撃を加えるようフルに指示を出す。

 そしてフルはメアリーの指示通り、シルフェの剣を心臓に突き刺した。

 獣は咆哮をしたのち、やがてゆっくりと動きを止める。

 彼は、倒れゆく獣を見て――一つシンプルな疑問を思い浮かべるのだった。


「この世界で……僕は何をすればいいんだ……?」


 予言の勇者。

 それは即ち何かしらの災厄が起きると言うこと。

 だが、何が起きるかははっきりと分かっていない。このままシンプルに場所ごとの小さな事件を解決していくだけでも良いのかもしれない。

 だがそれで良いのだろうか?

 フルは疑問を思い浮かべながらも――シルフェの剣を仕舞うのだった。



 ◇◇◇



「フル・ヤタクミ。この質問に答えなさい」


 教室。フルは歴史の先生に詰問されていた。

 言語が分からない今、自分の名前しか理解できない今、何かを言われているのは分かるが何を言えば良いのかは分からない。

 いったいどうすれば良いのか――そんなことを考えていたそのとき、


「ガラムドよ」


 今まで訳の分からない言葉ばかりだったのに、聞いたことのある言葉――日本語が聞こえてきた。




「どうして日本語……あ、いや、僕の言葉を知っているんだい?」

「うーん、何でかなあ」


 出発の前夜。フルとメアリーは話をしていた。

 話題はメアリーがなぜフルの言語を知っていたか、について。

 そしてメアリーはあることを思い出した。


「そうそう。この世界のふるい言語。それがあなたの話していた言葉だったの。それが少し分かっただけ」

「そっか。……成程ね」


 二人は空を眺める。


「……ねえ、メアリー」

「うん?」

「今日は、月が綺麗だね」

「……そうだね」



 ◇◇◇



 その十数日後――。

 彼らはある街の宴会に参加していた。


「ねえ、フル」

「うん?」

「私……あなたのことが、好き」


 フルはそれを聞いて、直ぐに答えることが出来なかった。


「僕は……」

「フル。あなたは私のことが好き? それとも嫌い……?」

「それは……」



 ◇◇◇



「フル、おはよう」

「あ、メアリー。おはよう」


 同、第一講堂内。

 進級試験、開始九分前。


「今日の試験、完璧かしら?」

「うん。大丈夫だよ。メアリーに教えて貰ったお陰」

「えへへ。そう言って貰えると、嬉しいかなあ」


 そう言ってメアリーは取り出したノートを開くと、復習を開始した。



 ◇◇◇



「よろしく頼むよ、僕の名前はルーシー・アドバリー」


 三番と描かれたカードを持った彼は、メアリーとフルにそう挨拶した。

 それが彼ら三人の出会いだった。



 ◇◇◇


「僕はメアリーが好きだ」

「けれど、メアリーは僕を見ていない」

「誰を見ている?」


 彼の心に忍び込んだ、闇が語りかける。

 ルーシーはもうそれに抗うことなど出来ない。


「メアリーがあなたの心を見ていないなら、振り向かせれば良いだけのこと」

「でもどうやって?」

「振り向いている相手を殺せば良いじゃない」


 楽しそうな声だった。

 普通なら絶対に靡かないであろう言葉に、しかしルーシーは従ってしまった。

 つけいる隙を与えてしまっていた。


「そうか。僕は……あいつを殺してしまえば良いんだ」


 彼の心が、闇に蝕まれていく。



 ◇◇◇



「ルーシー、遅い!」


 講堂にメアリーの声が響き渡る。


「ごめん。ちょっと寝坊しちゃって」


 試験開始時刻、定刻。

 試験監督であるサリーは既に到着している。


「それじゃ、始めて下さい」


 その声を聞いてメアリーとフルは立ち上がる。


「始めるわよ、フル、ルーシー」


 メアリーの声に二人はゆっくりと頷いた。



 ◇◇◇



「相変わらずお兄様は回りくどい言い回しが好きですわね」

「そうかい? でも僕はあまり気にしていないかなあ。ロマが気にしているだけだと思うけれど」

「そういう言葉の言い回しのことを言っているんじゃないですの!」


 バルト・イルファとロマ・イルファは兄妹――正確にはそのように『改造』されたユニットだった。

 本来は実際の兄妹では無い。被検体の人間二人は兄妹同様に育てられたのは間違いないが、兄妹という意識を植え付けたのは彼らがメタモルフォーズになってから――の話。

 しかしながら、彼らは今や誰が見ても本当の兄妹と言われてもおかしくないくらいの雰囲気に包まれている。いや、どちらかというとそれ以上――。


「お兄様」

「うん?」

「私たち、ずーっと一緒ですよね?」

「そうだね。そうであると願っているよ。そう思えば、いつだって一緒さ。願いは簡単に叶う物では無いかもしれないけれど、叶うと思い続ければ……ね」

「もうっ、お兄様ったら、簡単に一言言って下されば良いのですよ」


 ロマはバルト・イルファの口に指を当てる。


「いつまでも私たちは一緒だ、って! 約束しましょ、お兄様」


 しばらく呆気にとられていたバルト・イルファだったが、やがて柔和な笑みを浮かべた。


「……ああ、いつまでも一緒にいよう」



 ◇◇◇



「……これは、東京?」


 フルの言葉を聞いて、バルト・イルファは知らない世界に到着したことを思い知らされた。

 自分の世界では建っていない巨大な建造物が建ち並び、空には金属の物体が幾つも浮いている。

 さらに地面にもたくさんの金属が走り回っている。馬車は見たことがあったが、それに近いシステムだろうか。

 そして、バルト・イルファはかつての自らの上司が――何をしたかったのかを薄々理解し始める。


「……そうか。そういうことだったのか。リュージュがしたかったことは……あの世界を……!」



 ◇◇◇



「お疲れ様、三人とも。結果はまた追って連絡するわね」

「はい。ありがとうございました」


 三人は礼をして、講堂を後にするのだった。




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