第二百三十五話 閑話:西暦二〇四七年⑥
声をかけられ、僕は一先ずその女性についていくことにした。
女性にエスコートされることは今まで無かったけれど、これはこれで経験しておくものだな、と何となく思った。ほんとうに何となく、だけれど。
「この場所では、どれくらいの人間が冷凍保存されるんですか?」
通路を歩くさなか、僕は女性に質問してみた。
何せ誰も居ない通路を歩いているから、歩いている時は暇で仕方が無いのだ。
「ここには三百人が冷凍保存出来ます。世界全体では千五百人くらいでしょうか。ここは本国に次いで二番目の規模で冷凍保存する量を確保いたしました。まあ、それも冷凍保存の技術を生み出したから、かもしれませんが」
この国の人口は、およそ一億人。
それから僅か三百人しか生き延びることが許されない。いや、正確に言えば残りの九千九百九十九万九千七百人も生き残ることは出来るけれど、放射能の影響を受けるということを考えると、五体満足に生きられるかどうかは一概に可能とは言えない。
しばらく歩くと、ドアが目の前に見えてきた。
女性に扉を開けてもらい、僕はそのまま中に入る。
部屋の中にはカプセルがたくさん置かれていた。カプセルは扉が開かれているものもあれば、既に閉じているものもあった。恐らく閉じているものはもう人が入っているものなのだろうか。
「まずは、身体を綺麗にしていただきます。向かいの扉を開けるとシャワールームになっているのでそこを利用してください。貴重品はそのままカプセルに入れていただく形で問題ありません。カプセルに入ると、睡眠導入剤の成分が入ったミストが満たされていきます。そして、ゆっくりと、まるで揺り籠に入っている赤子のように眠りにつくことが出来るのです。そして、その状態で冷凍保存を実施します。冷凍保存を実施するにあたって、眠っている状態が一番良いと言われていますからね」
矢継ぎ早に説明された内容を、僕は何となくではあるが理解していた。
だから僕は頷いて、貴重品をカプセルに仕舞って、シャワールームへと向かった。
扉を開けたときに、一人の女性とすれ違った。
――思えば、あれが僕と彼女の初めての出会いだったのかもしれない。
「あなたは……若い人に見えますけれど」
声をかけてきたのは、女性のほうからだった。よく見てみると、若い。僕と同じくらいじゃないか、と思うくらいだった。バスローブのような格好をしているので、年齢が判断しづらかった、と言えばそこまでなのだけれど。
女性の言葉に僕は頷く。
「あなたは……」
「私もここで冷凍保存するんですよ。ま、ここに居る人はみんなそうかもしれないですけれどね」
そう微笑みかけて、彼女は立ち去っていった。
僕はそれをただ見送ることしか出来なかった。
シャワーを終えて、あとは冷凍保存されるのみ。そう思って自分のカプセルに戻ると、その隣のカプセルに、彼女は居た。
「どうしたんですか、こんなところで」
彼女は僕に気付いて、問いかけてきた。
「ここが僕のカプセルなので」
僕は正直に答えた。
まあ、嘘を吐くまでもないことではあるのだけれど。
それを聞いた彼女は幾度か頷きつつ、
「ああ、そうだったんですね。私はこのカプセルで少し気持ちを落ち着かせていました。……食事をあまり取らないように、とは言われましたが。飲み物くらいなら問題ない、とは言っていたのでホットミルクを飲んでいたところです。睡眠に近いものですから落ち着くかな、とは思っていましたが、案外変わりませんね」
「そういうものですか」
僕はカプセルに入り、腰掛ける。
カプセルの中は案外広く、カプセルホテルの一スペースよりも大きく見える。さすがに両手を広げることは出来ないけれど、寝返りを打つことだったら出来るかもしれない。まあ、荷物のスペースを考慮するとそれも難しいかもしれないけれど。
「あなたは、怖くないんですか」
僕に問いかける彼女の瞳は、震えていた。
「……怖くない、と言ったら嘘になります」
僕はしばらく考えて、そう答えた。
そして彼女の目をしっかりと見つめて、
「でも、これも運命かな、とは思っていますよ。受け入れることも大事なのかも」
「あなたは、強いんですね」
「そうですかね。ただ僕は、普通に考えているだけですよ。人間性は、脆いです。きっと、あなたよりも」
「そんなものでしょうか」
彼女は一つ欠伸をして、持っていた紙コップを直ぐそばにあるゴミ箱に捨てた。
「ああ、すいません。……ホットミルクを飲んで少しだけ気持ちが落ち着きました。もしかしたら、最後にあなたと話したからかもしれないですが」
「なら、良かったです」
僕もそろそろ眠りにつこう。
そう思って、横になろうとしたちょうどそのときだった。
「名前を言い合いませんか」
彼女が急にそんなことを言い出した。
僕はどうしてですか、と訊ねると彼女はふふと笑みを浮かべて、
「こうして隣になれたのも何かの縁だと思うんですよ。だから、お互いが起きたら一緒に力を合わせて頑張れないかな、と思いまして」
なるほど、と言いつつ僕は頷いた。
「あの……、もしだめだったら言っていただければいいので」
「別に問題ありませんよ。確かに、運命ってものはありますし。僕は、風間修一といいます。十九歳……、いや、今日で二十歳だったかな」
「おめでとうございます」
「ありがとうございます。まあ、でも……、次に目を覚ますときが何年後か分からないですけれど」
もしかしたら百年後か、千年後かもしれないし。
「私は、木葉秋穂といいます。秋の穂と書いて、秋穂です」
「ありがとう、木葉さん。これからもよろしく」
「風間さんも、よろしくお願いします」
そうしてカプセルの扉が閉まっていく。
ミストがカプセル内に注入されていき――やがて意識が遠のいていく。
次に目を覚ますのは、どのくらい後のことなのだろうか。想像もつかない。けれど、もし可能なら――もっと希望のある世界であってほしいものだけれど。
そして、僕の意識はそこで途絶えた。




