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異世界で、英雄譚をはじめましょう。  作者: 巫 夏希
第二部第三章 収束する世界と追憶編
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第二百三十三話 閑話:西暦二〇四七年④

「……なるほどね」


 母親は、僕の話を聞いてたった一言だけそう言った。


「あなたがどう思うか分からないけれど……、私は前に進むといいわ」

「え……?」


 母親は優しく笑みを浮かべて、話を続けた。


「あなたはきっとそれを見て、どうしようかと思っているのかもしれないけれど、私たちのことを気にする必要は無いわ。さあ、行きなさい」

「でも、準備が……」

「男なら、どんと胸を張りなさい!」


 お腹を叩かれ、思わず咳き込む。


「……とにかく、あなたは向かわないといけないの。私たちのことは考えなくていいから! ……と言いたいところだけれど、そうもいかないわよね。あなたは優しい子だから」


 そう言って、母親は俺の頭を優しく撫でた。


「とにかく、あなたが気にすることでは無いわ。あなたはあなたの人生を歩みなさい。今は、それでいいのだから」



 ◇◇◇



 母親の言葉を聞いて、僕は直ぐに準備をした。未だ時間はあったそうだけれど、それでも母親は急がないとチャンスを逃すかもしれないと言って、急いで準備をしてくれた。災害用のリュックに、非常用の食品と毛布、それに寝袋まで入っている。あとは必要なものといえば嗜好品くらいだろうか。

 嗜好品。そう面倒くさく言ってはみたものの、簡単に言えば娯楽品だ。ゲームに、本に、ミュージックプレイヤー。冷凍保存している状況でそのような娯楽が役立つとは思わないが、持って行けるだけ持って行ったほうがいいだろうと僕は考えていた。

 しかしながら、母親に説得されて、最終的に僕が持ち込むことが出来たのは三冊の書籍とゲームソフト、それに携帯型ゲーム機とその充電器だけだった。それでも災害用リュックに無理矢理詰め込んだのでかなりパンパンな様子ではあるけれど。いつ弾けてもおかしくはない。


「行ってきなさい。あなたが後悔しない道に進むことを祈っているわ」


 母親は十字架のペンダントを手に抱いて、そう言った。

 そして僕は母親にありがとう、とだけ言ってそのまま歩き出した。

 目的地は都心にある六百三十四メートルの電波塔、ブルーツリー。





 ブルーツリーまでの道のりは、シャトルに乗って三十分だ。シャトルは一人乗りのゴンドラで、それが至る所を走っている。道路の上にシャトルの線路が張り巡らされている空は、地上から眺めると世界を覆う網戸のような感じだ。

 シャトルの線路は主に元々張り巡らされていた鉄道の線路をリプレイスしている形になっている。線路といっても一センチメートル径の硬化ケーブルを用いているため、どちらかというとケーブルカーに近いかもしれない。とはいえ、そのケーブルカーもつい十年前に乗客数の減少によってすべて廃線となってしまったけれど。


「とにかく、ブルーツリーに向かわないと……」


 独りごちり、やってきたシャトルへ乗り込む。

 扉が閉まり、あとはシャトルの動くルートに従うだけだ。

 シャトルには乗客を飽きさせないためか、テレビとタブレットが設置されている。とはいえテレビはコマーシャルと大して面白くない自社制作番組を延々と流しているだけ。タブレットに至っては降りる駅を指定する機能(それを応用すればシャトルの運用マップを見ることが出来るが、まあ、ほぼ使わない)しか無い。だったらバスのようにボタン一つ設置すれば済む話のように見えるけれど、何十年か前から政府の施策として続いているIoTの絡みがあるのだろう。そのようなことを、学校で学んだような記憶がある。

 IoT、インターネット・オブ・シングス。インターネットに様々なものを繋ぐことで、情報交換をして、インターネットとものを相互に制御する仕組み――だったと思う。

 しかしながら具体的な対策が挙げられることも無く、よく分からないことばかりがIoTに対応していった。だから、最初は国も躍起になって掲げていたけれど、それが二〇三〇年代後半に入ると徐々に下火になっていった。

 確かトイレをIoT対応にしたら批判が出たって話を授業で聞いたな……。あれは結局、社会の反応もいまいちだったからか、モデルケースのみの運用でそのまま世間に広まることは無かったらしいけれど。


「とにかく、目的地を設定しておかないと……」


 タブレットの画面をタッチして、路線図を表示させる。そして、『ブルーツリー四階南入り口前』と書かれた駅名を長押しする。これで目的地の設定は完了だ。

 音も立てず、ゆっくりとシャトルが動き出す。シャトルは運用上の問題と降りたい駅を通過してしまうミスに対応するために、乗客が停車駅を設定するまで動き出さないようにプログラミングされている。だから、素早く正確に駅名を設定しなければならない。そうしないと、後のシャトルに乗る人が乗れなくなってしまう。

 シャトルの運用は人間に便利を与えたが、同時に遅刻の言い訳が出来なくなった――そんなことを聞いたことがある。

 電車は地上或いは二階以上の高架を走っていた。とどのつまり、地に足を付けて走っていた。だから線路に何か侵入したり、電線が切断されたり、様々な理由によって遅延が発生してしまうリスクが高かった。

 その場合、『遅刻の言い訳』として有益だったのが、電車の遅延だったらしい。……とはいえ、実際使っている路線がそうならなければその言い訳も通用しないと思うけれど、そこは気にしなかったのだろうか。

 そんなことはさておき、硬化ケーブルを使用しているシャトルはそのような心配は無い。そもそも空中を走っているし、硬化ケーブルは理論上数百年単位で劣化は見られないらしい。点検をすることはあるが、それは真夜中の数時間に行われているから、人々の通勤・通学に影響を及ぼすことはほぼ無い。


「……まあ、そんなことはあまり考えたことが無かったけれど」

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