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異世界で、英雄譚をはじめましょう。  作者: 巫 夏希
第二部第三章 収束する世界と追憶編
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第二百十二話 偉大なる戦い⑬

 道場は、繁華街から少し離れたところにあった。古びた瓦屋根、所々割れている窓、木造で出来た建物は、何処かそういった師範よりも、まさしくそういった何かが出て来そうな気配すら感じさせる。


「……秋穂が言った道場って、ほんとうにここなのか?」


 一抹の不安を覚えながらも、僕は中へ入って行く。門は完全に閉じられていなくて、正確に言えば、半開きのような状態になっていた。


「……お邪魔しますよっと」


 何処か懐かしいフレーズをうまく使いこなしてみながら、僕は門を軽く押した。ぎい、という音と共に扉はゆっくりと開かれた。重々しい音が、扉の軽さと相反していたのは少々違和感を抱くものだったけれど、しかし、だからといって、前に進まない選択をするような理由にはなり得なかった。

 さて。僕は中に入って辺りを見渡す。結局のところ、道場には誰も居ないように見えた。人間の気配がしなかった、ということもあったけれど。取り敢えず、先ずはそれを優先すべきだと思った。


「……とはいえ、手掛かりが無いしなあ……」


 手掛かりが無い。

 それは僕にとってどうしようもない事実だった。曲げようのない事実だった。変えようのない事実だった。

 だからといって、何も手を打たないのかと言われるとそうではない。そんなことをしたら、前には進まない。


「じゃあ、どうすればいいか」


 同時に、自分はどうしてここまで悩んでいるのか解らなくなってしまった。

 やらねばいけないこと。やったほうがいいこと。その分別をつけること、それが大事なことは重々承知している。理解している。

 とはいえ、かくも人間とは面倒な生き方をしているものだと思う。やはり、というか、人間は理性がある。知能がある。だからこそ、基準を設ける。基準を設けたことで分別をつける。分別をつけたら、さてこれはどういったものかと思案を巡らせる。巡らせた結果、さらに基準を満たしていることを自己判断で確認出来れば、そこで漸く『行動』に移ることが出来る。無論、ここまでのプロセスのうち一つでもエラーが返されればそこまでだ。自らの理性によって、それは抑制される。

 では、こう考えてみるとしたらどうだろうか?

 人の理性を取り除いた状態で、そのプロセスを行ったとき、人は何を基準にして、何を頼るのか? それはきっと何も基準に出来ない。正確に言えば、何も基準にしたくないはずだ。理性という枷が外れた以上、人間とは自由の塊と化してしまう。そこにわざわざ理性という枷を装着する意味など……何一つ無い。


「……何者だ」


 首筋に冷たいものが押し当てられ、僕は我に返った。

 低い声ではあったが、どこか優しい声ではあった。声域でいえばアルト寄りのソプラノといった感じだろうか。僕はそこまで声域には詳しく無いのだけれど、少なくともアルトと断定するには若干高いように思える。


「答える気は無いか。それは別に構わないが、お前の立場が悪くなるだけだ。……さっさと話した方が身の為だぞ?」


 鋭く冷たい何かが、僕の肌に押し当てられる。同時にちくりと何かが刺さったような痛みを感じ、そこからぬるりと何か僕の肌に温かい液体が伝った。

 そこまでで、僕は漸く突き立てられたものが包丁あるいは刀の類であることを理解した。

 これ以上黙りを決め込んでいると、確かに女性の言った通り、もっと立場が悪くなるのは自明だ。だからどうにか状況を打開するためにも、僕はここで発言せねばならない。何よりも、自分自身の身の潔白を証明するために。


「ま、待ってくれ! 違う、違うんだ。何か勘違いしているようだけれど、僕は悪い人間じゃない!」

「悪人はみんなそう言って自らの罪から逃れるのよ」


 そんなこと言ったら逃げ道が無いじゃん!

 ……あ、いや。逃げ道がどうこう言ったけど、僕は何もしていない。今までずっとここまで見てきた『君たち』なら解る話だろう?

 と、そんなメタフィクション的な戯言はさておいて、目の前にあるインシデントについて解決せねばなるまい。


「……そんなこと言ったら、誰も彼も悪人になってしまうだろ。それとも、あなたの信仰は『疑わしきは罰する』とイカれた考えなのか?」

「そんなこと……! 私を侮辱して……! やはり貴様は罪人であり咎人であり囚人であることはこの剣で証明するほか無い!」


 やばい、逆上させてしまった! まさか逆効果だったなんて……。ああ、でも、確かガラムドは言っていたか。一応『死んだら戻る』ことは出来るって。それを聞いているうちでは安心なのだろうか? うーん、やはりガラムドの話は解らない範疇ではあったとしても、聞いておくべきだったかもしれないな。

 と、早すぎるリセットボタンを押そうとした、ちょうどその時だった。


「待たんか、哀歌!」


 またも若々しい声が、道場の前に響き渡った。

 正直、ただでさえキャラが濃い連中ばかりなのに、またキャラが濃そうな奴が現れそうだな……。僕はそんなことを思いながら、声は一体誰から発せられたものなのか、その在りかを探し始めた。

 が、それは杞憂だった。

 すぐに闇の奥、正確に言えば道場の門扉から誰かが開けて出てきたのだった。

 その姿は着流しを着た少年だった。最初は背格好が少年ほどの老人かと思った(言動からして)が、しかしながら声質の若々しさからしてそれは否定出来る。となると、やはり目の前にいる人間はまぎれもない少年そのものだというのか……?


「どうした、若人。そのような素っ頓狂な表情をして」


 僕からしてみればあなたも若人だけれど、そんなことを思いながらも話の腰を折りそうだったので言わないでおいた。


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