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異世界で、英雄譚をはじめましょう。  作者: 巫 夏希
第二章 ハイダルク編
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第二十話 妖精の村⑤

「……」


 淡々と語られる過去を聞いて、僕は何も言えなかった。

 正確に言えば、相槌を打てるようなそんな余裕も無かった。


「……そのあと、私たちは施設に送られた。強制的に、ね。その施設こそ、私たちの村を滅ぼした科学者が居る施設だった」

「……だったら、それを国に訴えなかったのか? 非人道的実験を実施しているなんてことを国に知られたら、それこそその組織は終わってしまうだろ?」

「国ぐるみでやっているのに?」

「……え?」

「あくまでもこれは私の推察だけれど、あの村の非人道的実験は確実に国があったからこそできたことだと思う。そして今もその組織が活動しているのかどうかは知らないけれど……私は許せなかった」

「組織は、何をしてきたんだ?」

「メタモルフォーズは人間の進化の形である」

「え?」


 彼女の言葉に、僕は首を傾げた。


「その組織に居た科学者がしつこいほどに言っていた言葉よ。洗脳するつもりだったのか知らないけれど、それに近いものだったことは覚えている。ただ……その言葉の意味はまったく理解できなかったけれど」

「メタモルフォーズは人間の進化性、ってことは何かされたのか?」

「……血液の採集、それだけだったかしら。あとは『適性が良くない』というばかりで何もしなかったけれど。それだけは運が良かったのかもしれない」


 月の光が、窓を通して入ってくる。

 ミシェラの横顔が、月に照らされて――とても綺麗だった。

 しかしながら、それに対して語られる物語は酷く残酷なものだった。


「それで、君たちは逃げ出した……ということなのか?」


 こくり、とミシェラは頷く。


「……私たちは逃げ出した。あの施設で実験をされることがとても怖かったから。それに、見てしまったのよ」

「見た、とは?」


 ミシェラに問いかける。彼女自体が話しているとはいえ、内容自体は彼女の心的外傷――トラウマに近いものだ。だから慎重に話しかけなければ、情報を得ることは出来ない。

 けれども、彼女は強かった。

 はっきりと、自分の言葉で考えて、そして話していた。


「人が苦しんで――『翼』が生える瞬間よ」


 翼。

 それは人間には有り得ない部位のことだった。

 そして明らかに人間とは違う部位であることを――彼女だけではなく、人間誰しもがそれを理解することが出来るだろう。


「苦しみながら、もがきながら、けれども科学者は笑っていた。そういう感情を抱く被験者を見て、笑っていたのよ。そして――翼が生えた。その衝撃で被験者は気を失っていた。けれども、科学者は喜んでいた。それこそが科学の進歩、その第一歩だって……」


 人間を、進化させる?

 それが科学の進化、その第一歩?

 正直、彼女の言っていることは突拍子もないことだった。それに間違いはないのだけれど、その話を聞いていて、怒りが芽生えてくることもまた事実だった。

 人間の遺伝子を、自分の好き勝手に組み替えて実験を行う。

 そんなもの、許されるはずがない。

 許されるわけが無かった。


「……逃げた後、どうして君たち姉妹は分かれることになったんだ? 一緒に住むことは不可能だったわけか?」

「私たちは逃げて、船を使って、バイタスという港町に辿り着いた。生まれてスノーフォグを出たことが無かったから、私たちはすぐに立ち止まってしまった。これからどうすればいいのか、途方もない旅をいつまでも続けるわけにはいかない……そう思っていた」


 一旦、彼女は言葉を区切る。


「けれど、そこで私たちにほぼ同時に二つの出会いがあった。一つは、偶然旅行に出ていたエルファスの町長、そしてもう一つはスノーフォグに興行のため向かっていたメリーテイストのオーナー。二人はそれぞれ『一人』しか保護することは出来ない、と伝えていた」

「……それで分かれることになったのか」

「はっきり言って、雲泥の差よ。どちらに着くか、は。当時であっても、私たち二人は町長に保護してもらうことが一番であると考えていた。だから二人とも、必死に頼み込んで、私たち二人とも保護してもらうか、あるいはエルファスで仕事の都合をつけてもらえるかどうか、そういうことを頼んでみよう……そういう話をしていたのよ」


 ミシェラは自らの身体を抱くように、両手を逆側にそれぞれ伸ばした。


「けれど、裏切った。姉さんは裏切ったのよ」


 姉さん――とは昼に出会ったカーラのことだろう。僕は適当に相槌を打って、彼女の話の続きを聞き出す。


「その日、姉さんは『私を町長の保護下にしてほしい。そういう話し合いで決まった』と言い出した。私は呆れてなにも言えなかった。それと同時に私は実感したわ。私は姉さんに捨てられたのだと。妹のことなど、姉さんには必要ないのだって」

「……そして、ミシェラ、君は?」

「その場から逃げ出して、すぐにメリーテイストのオーナーに声をかけた。話し合いで私がメリーテイストに向かうことになったので、よろしくお願いします……ってね」


 ニヒルな笑みを浮かべ、僕のほうを向いたミシェラ。

 その表情は、どこか悲しそうだった。


「……でも、それと旅に出たい。二つのことは導かれないと思うのだけれど?」

「一言いえば復讐、けれど広い目的で言えば世界を見てみたかった、ということかな」

「世界を見てみたかった?」

「私はずっとスノーフォグ、それとこのエルファスしか見たことが無かった。それ以外の情報と言えば客が英雄譚のように話す物語ばかり。飽き飽きしていたところだったのよ、正直言って、ね」


 彼女の言い分も、なんとなくであるが、理解できた。

 つまり、百聞は一見に如かず。一度聞いたことを、見てみたいということだった。


「でも……女の子一人で旅に出る、というのは……」

「あら? これでも私、回復魔法を使うことが出来るのよ? ……きっと、これはあの研究所で身につけさせられたモノなのかもしれないけれどね。ちなみに姉さんは守護霊術だったかな。いずれにせよ、あの場所で身に着いたものが役に立つことは無い、そう思っていたことは紛れもない事実だけれど」


 回復魔法を身につけさせられた?

 それはつまり、まったく何も無かった人間に魔法や守護霊術のような――一つの才能を人工的に備えさせた、ということだろうか。もしそうであるならば、それは凄いということには間違いないだろう。ただし、勝手に身に着けさせた――というのであれば、話は別になるだろうが。


「それを使えることは、はっきり言ってこの町じゃ出来ないことよ。けれど、旅をするのならば話は別。回復魔法を使う魔術師なんて、あんまり居ないでしょう? ねえ、私を……あなたたちの仲間にしてくれないかしら。きっと、足手まといにはならないし、させない。後悔もさせないつもりだから」


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