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異世界で、英雄譚をはじめましょう。  作者: 巫 夏希
第二部第三章 収束する世界と追憶編
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第百九十八話 泡沫の日常⑤

 駄菓子屋での会話はなおも続く。


「でもさあ? 実際のところ、最近すごく暇だとは思わない?」


 ホームランバーを齧って、それを僕に向けながら三崎は言った。

 三崎の言う『暇』とはいったいどういうことなのだろうか。確かに最近試験が終わったばかりだし、あとは夏休みに向けてだらだらと授業を受け続けていけばいいだけの話になるわけだけれど。

 ぴんと来ていない様子が三崎に気付かれたのか、彼女は僕を睨みつけてきた。


「……解っていないようだから言っておくけれど、ここんところ何か刺激が足りないような気がするのよね」

「刺激なんているかなあ。別に今のこの世界が平和な日常なら、それでいいと思うけれど」

「甘いぜ、タク。確かに平和はいいことだ。でも刺激が無い一本調子な日常というのも、少々辛いものを感じないか? 持久戦耐久レースじゃないけれど、まさにそれに近い何かを感じるわけだよ」


 しかしまあ。

 実際には日常が平和であるなら、それで問題ないのではないだろうか。

 三崎と北谷はたまによく解らないことを言い出してくる。別に解らないことではない――なんて言われてしまえばそこまでかもしれないが、とはいえ僕の理解の範疇を上回っていることは紛れもない事実だ。


「平和なのはいいことだけどさー……」


 三崎はベンチに凭れかかって、その姿勢のまま空を眺める。

 空は雲がゆっくりと風に流されていて、とても平和そうだった。


「……ほんとうに平和だよなあ……」


 お前はさっきからそういうスリルが無い日常はつまらないと言っているが、いざそういうスリルに直面したときそれをクリアすることが出来るのか――なんてことを言いたくなったが、すんでのところで抑える。

 それを言ったところで関係が拗れるというデメリット以外何も発生しない。だったら言わないほうがマシだ。


「うん……」


 駄菓子屋の軒先にある樹木の葉が揺れる。

 とても、平和な世界。

 もし可能なら――ずっとこの世界に居たいと思った。


「でも、もう駄目だよ」


 僕は立ち上がる。

 北谷と三崎が疑問を浮かべて首を傾げていたが、そんなことはどうだっていい。

 僕は前に進まなければならない。

 空を見上げた。


「……ガラムド。これは僕の世界であって僕の世界ではない。確かにこれは僕が望んだ世界だ。僕が帰りたい世界だ。僕が望んだ『平和』そのものだよ」


 世界そのものにノイズが走る。

 それは、僕の視界にノイズが走ったわけではなく――きっとこの世界そのものが『否定』されたことによるものだろう。


「どうしたんだい、タク。……暑さにでもやられたか?」


 北谷が僕に問いかける。

 でも、お前はお前じゃない。

 この世界は――現実であって現実じゃない。


「そう。この世界は――僕があの世界に行かなければ得ることの出来た日常だ。得ることの出来た、というよりかは続けることの出来た日常、とでも言えばいいだろう。いずれにせよ、これは君が作り上げた世界だ。そうなのだろう?」


 世界に、ヒビが走る。

 そのヒビは小さいものだった。ヒビ割れた世界の向こうには闇が広がっていた。

 そうして、徐々にそのヒビは大きくなっていく。

 やがて、完全にその世界は崩壊した。

 残されたのは、闇。

 そうして、白いワンピースの少女――ガラムドが僕の前に立っていた。


「あーあ、いいのかい? あの世界はあなたがずっと過ごすはずだった世界だ。その世界にせっかく戻してあげたのに。どうしてあなたは自らその選択を潰したんだい?」

「僕があの世界に戻れたとしても、この世界は救われてはいない。僕は予言の勇者として……この世界にやってきた。だから、最後にけじめくらいつけたい。……それとも、まさか、ガラムド。お前は、『力を与える』と言って僕に戦いを放棄させようとしたのか?」

「……さあ、どうでしょうね?」


 ガラムドは不敵な笑みを浮かべたまま、こちらを向くだけだった。

 あたりを見渡すと、あの小高い丘も、白いテーブルと椅子のセットも、ティーセット一式も、何もかもが無くなっていた。

 ただガラムドと僕だけがこの世界に存在している唯一の存在だった。

 ガラムドは溜息を吐き、話を続ける。


「……別に、ボクはあなたに力を与えたくないわけではありません。なぜならあなたをこの世界に連れてきたのはボクですからね。この世界に再度予言の勇者を降臨させる、その任務を遂行するために。……そしてそれは人々に望まれていたのですから」

「じゃあ、その試練とやらを受けさせてくれ。……時間が無い、とは言わないがいつまでこのような茶番をするつもりだ」


 僕は、正直憤りを感じていた。

 まさか神様自体からこのような時間稼ぎをされるとは思っていなかったからだ。とはいえ、これでようやくスタートラインに立つことが出来る。これで、力を復活させるための試練を行うことが出来る。


「茶番、ですか。あれも立派な試練の一つですよ。目の前にある平穏を見てもなお、この世界を滅ぼすとも復活させるとも使える力を復活させる試練を行うことが出来るか……というね」

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