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異世界で、英雄譚をはじめましょう。  作者: 巫 夏希
第二部第三章 収束する世界と追憶編
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第百九十四話 泡沫の日常①

 目を覚ますと、そこは見知った天井だった。

 目覚まし時計のアラームが鳴り響き、窓からは朝日が降り注いでいる。

 黒い本棚には教科書をほどほどに、漫画本がずらりと並べられている。

 床にはこの前最新作を買うために予習しようと、ゲームソフトが散乱していた。


「……あれ?」


 明らかにこの空間は、僕の部屋だった。

 しかし――となると、疑問が幾つか浮かんでくる。

 今までの物語は、長い夢だったのか?

 確かに、夢というのは自分が実際に経験した時間よりも長い時間の夢を見ることがあるのだという。それは感覚の問題というよりも、錯覚の問題だといえるだろう。

 いずれにせよ、今はこの夢について長々と考える必要はない。

 もし今考える最重要課題があるとすれば――。


「おにーちゃん! 早く起きてよ! 学校、遅れちゃうよ!」


 そう言って部屋に突入してきた妹の言葉を聞けば解る通り、学生の本分を果たさないといけないことだろう。

 そう思って僕は深い溜息を吐いたのち、ベッドから起き上がった。



 ◇◇◇



 朝食を食べて、学生服に着替えて、外に出る。

 夢の中の出来事にしてはあまりにもリアルだったから、この制服を着るのも随分と久しぶりのような気もする。

 そんなことを考えていると、隣に歩いている妹が僕の顔を見て首を傾げる。


「おにーちゃん、まだ眠いの? 何だかぼうっとしているようだけれど」

「うん? ああ、いや、少し考え事をしていただけだよ。……それで? その面白いゲームがどうだって?」

「違うよ。転校生の話をしているんだよ。転校生!」

「転校生?」


 そんな話、一度も聞いたことがないぞ?

 そんなことを思いながら、僕は妹――恵梨香のほうを向いた。

 対して、恵梨香も僕の反応を予想外と思ったらしく。


「ん、ん、ん? どったの、どうしたの? もしかして、その反応から見るに、もしかしてあまり情報が流通していないぱたーん? だったら、言わないほうがよかったのかな。ほら、なんというか、学生の間で興奮するイベント、その一つが転校生だよね!」

「転校生はイベントの名前じゃないしそう簡単に興奮なんてしてたまるか。それに、その知識はどこから入手した? その知識はあまりにも歪んでいるぞ」


 どうせ、恵梨香とつるんでいるオタク友達のだれかが吹き込んだのだろうけれど。

 恵梨香はこういう性格で、来るもの拒まずみたいな性格だから、友達の幅が広い。

 誰も嫌わずに、誰も『贔屓』をしない。

 それが我が妹、古屋恵梨香の信条だった。


「ねえ、おにーちゃん。さっきから考え事多くない?」


 それを聞いて、僕は再び我に返る。

 確かに、どこか考え事が多いかもしれない。やはりあの長い夢のせいか――。


「うん。いや、なんでもないよ。別に。さて……。急がないと、遅れてしまうな。走る必要はまだないと思うけれど」


 家を出たのは八時三十分。ゆっくり歩いても十五分はかかる計算なので、始業時刻の九時には余裕で間に合う計算だ。

 とはいえ学生生活で遅刻なんてもってのほかだと思っている僕にとってはもう少し余裕に登校したいものだった。だから普段はもう五分早く――つまり、八時二十五分に出発して八時四十分までに到着する形――で向かうのが僕のライフスタイルだった。

 早く到着したところで何か有意義なことをするわけではない。教室についていつもの仲間と話をしていれば、あっという間に朝のホームルームの始まりだ。十分間のショートホームルームを挟んで、一時間目が開始される。別にショートホームルームで遅刻したところで遅刻にはカウントされないからその時間に参加する学生は七割程度、といったところだろうか。学生にとってもっとも重要なのは、あくまでも授業の単位――ということを体現しているようにも見える。

 学校に到着して、恵梨香と別れる。恵梨香は学年的に一つ下にあたるので、階も一個下だ。だから二階で恵梨香と別れたら、三階までの会談は一人で行くことになる。その間に数名の学生とすれ違うけれど、挨拶は少ない。冷めた学生だ、と思われるかもしれないがこれがこの学校の日常だ。それを先生が正そうとしないし、況してや学生から自発的に行動しようなんて思いもしないから、それについてはきっと暫くの間改善されることはないのだろう。


「おっす」


 教室に入ると、いつもの仲間の一人である北谷が声をかけてきた。


「おっす、北谷。どうした? お前から声をかけるなんて珍しい」

「そりゃそうよ。聞いたか、タク。何でも今日、転校生がやってくるらしいぜ。しかもこのクラスに!」


 そういえば恵梨香がそんなことを言っていたな。

 それは今日からだったのか。あまりにも急な話だ。


「……このクラスに? それにしても変な時期だよな。今は七月だぜ?」

「それは別に関係ないだろ。転校生ってパワーワードだよな。それだけで興奮するというか、学生生活が少し変わる感じがしないか?」


 ……さっき、僕は恵梨香の言葉を否定したが、前言撤回しよう。

 まさか『転校生』というワードだけで興奮する奴が目の前に居るとは思いもしなかった。

 まあ、取り敢えずその転校生について、やってくる前に情報を集めておくことにするか。そう思って僕は北谷に話しかける。


「ところで、その転校生というのはどういう奴なんだ? どうせ大方情報が来ているんだろ?」


 いったいどこから漏れるのか解ったものではないが、転校生の情報は当日の朝までには学生にも八割がた流通している。判明していないのは顔写真くらいじゃないか、ってくらい鮮明だ。


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