第百九十話 神殿と試練③
声の主、その姿は直ぐに見つけられた。
小高い丘の上にある、白いテーブルと白い椅子。そして椅子には一人の少女が腰かけていた。
少女は白いワンピースに身を包み、ティーカップを手に持っていた。背中ほどまで伸びる黒い髪、白磁のように透き通る肌、白と黒の極致で表現される彼女の容姿だったが、ただ目だけは燃えるように真っ赤だった。
一目で誰もが魅入られるような、美貌。幼げな風貌もその魅力に相まって、現実世界ではあまり見かけないような、そんな感じになっていた。
「……どうしたのかな。そんなぼうっとした様子で。こちらに来て、話をしようじゃないか。立ったままで話をするのも気苦労が多いのではないかな?」
目の前に立っていた少女を見て、僕はずっと何も出来なかった。まるで封印されていたかのように。
しかしながら、彼女自身の問いかけでその封印も解除されたように、僕は思考ができるようになった。
ゆっくりと考えたのち、少女に――一つ問いかける。
「あなたは……いったい誰ですか?」
僕の問いを聞いて、長い髪をかき上げる。
そしてティーカップをテーブルに置いて、少女はゆっくりと立ち上がった。
それにしても見るからに華奢な身体だ。見た感じからして十歳くらいだろうか。こんな空間に一人で、少女が暮らしているのだろうか――いいや、そんな非現実なことは有り得ない。きっとこれは何らかの幻想なのだろう。そう思い込むしかなかった。
少女はゆっくりと歩いていたが、僕の前に到着して、軈て立ち止まった。
「ああ、そういえばそうだったね。名前を言っていなかったか。それは、ボクのミスだった。残念なことだったけれど、言っておかないといけなかったのはボクのミスだということは自明だね。未然に防いでおかないといけないのに……」
くるりと一回転して、少女は言った。
「ボクの名前はガラムド。――この世界で信仰されている唯一神にして、世界を監視する者。そういえば、きっとあなたにも理解できるのかな?」
「ガラムド……だって?」
ガラムド。
この世界を作り出した神にして、唯一神。
それは僕がこの世界で時折聞いていた名前であり、世界で信仰されている存在であることは、僕も知っていた。
しかしその存在が、まさか目の前に居るなんて――。
「ねえ、あなたはいったいなぜここにやってきたの?」
「え、ええ……? ええっと、確か僕は神殿に向かっていて、その泉に顔を向けたら急に引きずり込まれて……」
「そう、それ」
僕に指をさすガラムド。
なんというか、話の腰を折られた気分。
「あなたは泉からこの場所にやってきた。……ここはどの世界にも属さない、神の世界。神だけがやってくることのできる空間、とでも言えばいいのかな。いずれにせよ、ボクしかいないけれどね、今の、この時代では。もう少ししたらたぶんきっと交代の時期がやってくるかもしれないけれど、それはもっと上の『管理者』が行うから、ボクには解らない。ただボクは監視をするという使命があって、それを淡々とこなすだけ。この世界に安寧をもたらすためにね」
「それって、今のこの世界の状況を見ても言えるのかよ?」
荒廃した世界。その原因は他ならないオリジナルフォーズの暴走だ。
そしてそれもまた、原因を突き詰めればオリジナルフォーズを破壊できずに封印に留めたガラムドだと言える。
ガラムドはそれを聞いて、俯く。
「……そうだね。そう思われても仕方ないだろう。けれど、ボクにも何も出来やしない。あくまでボクの役目は『監視』だ。実行に移すのはまた別の部隊だよ。……もっとも、その部隊もボクから反旗を翻そうと行動しているようだけれど」
「それじゃ、その部隊を頼ることもできない……ってことかよ。どういうことだよ……、あなたは、あんたは、神様じゃないのかよ。神様なら、何だってできるんじゃないのか!」
はあ、と溜息を吐くガラムド。
「神様だって、何だってできるわけじゃないんですよ? とにかく、世界がどうなろうと簡単に神様が動けるわけじゃない。神様はあくまでも世界を監視する立場に居る。監督する立場に居る。そのあとに、その神様が命令することで動く……実働部隊が居る、ということ。実働部隊が居ることで、世界を再生にも崩壊にもその時を進行させることが出来る。それが、『シリーズ』と呼ばれる存在」
「シリーズ……」
聞いたことの無い単語だった。
しかし、ガラムドはそこまで言うのなら、やはり彼女には世界をどうこうする力は無いということになる。ともなれば、この世界を再生させるにはいったいどうすればいいのか――。
「しかし、ボクにもできることはあるよ」
ガラムドは踵を返して、顔だけこちらに向ける。
「……それは、いったい?」
「あなたがここにやってきた理由はなんだった? この世界を元に戻すため、オリジナルフォーズと戦うんだよね! ということは、あの剣の力を取り戻す必要がある。封印されたシルフェの剣の……その力を、ね!」
そう言ってガラムドは僕に向けてウインクを一つ決めた。




