第百八十五話 神殿への道⑯
「十年前、の?」
メアリーの言葉に僕はたじろいだ。
確かに十年前、僕はメアリーから文字通り『告白』を受けた。そしてそれに対する解答は、何やかんや色々あって有耶無耶になってしまったのだ。
メアリーは未だ、その答えを待っていたというのか。
僕はそれについて最早何も言うことは出来なかった。
しかしながら、僕としても確かにその答えを伝えなければならないだろうという思いはあった。けれども、それについては何か考え難いものがあって、そう一概に直ぐ答えが出せるものでは無い。それについてはきっとメアリーも解っているはずだった。
「……ええ、そう。十年前のこと。まだ、忘れたとは言わせないわよ……」
忘れていない。
忘れたなんて言うもんか。
だって僕もずっと、その答えについて考えていたのだから。
「……忘れないでもらいたい、のはこっちの台詞だけれどね? 何故此方だけで物事を終わらせようとしているのかな?」
痺れを切らしたのか、バルト・イルファは少し焦りを見せているようだった。
十年前の告白、その答えもしなければならない。
だが、先ずは、今の質問について解答する必要があるだろう。僕はそう思って、ゆっくりと口を開いた。
「……メアリー、バルト・イルファ。僕は、予言の勇者としてこの世界にやってきたのだと思う。はっきり言って、それについて自覚は無いのだけれど……、まあ、十年前のあの時も緩やかに進んでいたから、自覚するまで時間がかかるのも解ると思う、解ってくれると思う。でもね、これだけは言わせてくれないか。予言の勇者だからこそ、という訳では無いけれど、自分がやったこと、それについてはケジメを付けたい。それが例え、どれ程過酷なことであったとしても構わない。だから、メアリー。……その答えについては少し待ってくれないか。絶対に、絶対に帰ってくるから。帰ってきて、全て終わったら……話そう」
「……それはつまり、私のことは信じられないということなの?」
「そういうことでは無いよ。ただ、リュージュの策略があったとしても、あれは僕が蒔いた種だ。だから、僕にケジメを付けさせてくれ。ただ、それだけのことだよ」
メアリーは何も言わなかった。
きっと何か彼女の中でも葛藤があるのかもしれない。それについては僕も悪いことをしてしまったと思っている。けれどこれは僕が決めたことだ。今更変えることは出来ないし、しないだろう。
「……だから、花束を僕にくれないか。それを使わないと、神殿へ向かうことが出来ないと聞いた。この世界を救うためにも……お願いだ」
「…………、」
メアリーは何も言わなかった。
「……メアリー・ホープキン。君の考えがどうであれ、彼の選択はこうなった。これを受け入れるべきかと思うが、どうかな? このまま平行線を辿って行っても何も変わらないと思うけれど」
バルト・イルファは僕の意見に賛同するように言った。
それどころか、彼は僕の肩に手を載せて、メアリーを見つめていた。
それを見て気が気じゃないのは、恐らくメアリーだろう。
僕がメアリーの立場だったら、きっとどうして僕がその選択をしたのかということについて訊ねるに違いない。
僕はそう思って、待ち構えていた。彼女について、申し訳ないと思っていたが、それでも僕はただ耐えるのを待っていた。
けれど、メアリーは僕に言葉を投げかけることはしなかった。
「……メアリー、お願いだ。頼むよ」
僕は再度彼女に言葉を投げかける。
急かしているわけではない――というのはただの言い訳になるのかもしれないけれど、それでも、急いでこの世界を救う必要があるだろう。僕はそう思っていた。
メアリーは何も言うことなく、彼女の手に持っていた『花束』を――ゆっくりと差し出した。
「メアリー!」
ルーシーがその行動を見て止めに入る。
けれど、メアリーは首を横に振った。
「……いいの。いいのよ。フルがやると言ったなら。フルが世界を救うと言ったなら」
「けれど。けれど、それって……、君が、フルが死んでしまうかもしれないから、どうにかしなきゃ、って言った話じゃなかったのか! それを諦めるって……」
「大丈夫。ありがとう、ルーシー。別に、フルを諦めたわけじゃないから」
そうして、僕は花束を受け取った。
「メアリー、ありがとう……。そして、ごめん」
僕の言葉を聞くまでもなく、メアリーは踵を返し祠を後にした。
ルーシーも慌ててそれを追いかけていった。
また、僕とバルト・イルファの二人きりになった。
「……さて、また二人きりになったね。邪魔者は勝手に居なくなった。花束は手に入った。完璧じゃないか。これで神殿の障壁は取り除かれる。僕たちは神殿へ入ることが許されるんだよ。……そうして、剣の力を手に入れる。そうすれば完璧だ。素晴らしいこととは思わないかな?」




