第百八十三話 神殿への道⑭
「……だとしても、メアリー・ホープキン。君だって理解しているのだろう? 実際のところ、フル・ヤタクミを犠牲にしないとこの世界を簡単に救う方法なんて見つからないぞ。それに、だからといって別の人間を犠牲にするわけにもいかない。それとも、まさか、君はフル・ヤタクミが死ななければ誰が犠牲になっても構わない、と。そう思っているのではないだろうね?」
バルト・イルファの言葉に、メアリーは何も答えなかった。
なあ、何で答えてくれないんだよ。明確に否定してくれないんだよ。
僕を安心させてくれよ、メアリー。どうして僕を見つめようとしてくれないんだ?
メアリーは何度か発言をしようとして、躊躇って、その繰り返しを遂げたのち――ゆっくりと話を始めた。
「……バルト・イルファ。あなたがどこまでその事実を知っているのかどうか解らないけれど、それは確かね。この世界について、一番簡単な手段は予言の勇者がオリジナルフォーズを封印すること。ただ、それだけの話。けれど、それではオリジナルフォーズに予言の勇者が殺されてしまう。それを私は阻止したかった。……それがどこまで出来るかどうかは、解らないけれど。諦めるわけにもいかない」
「予言の勇者が……オリジナルフォーズに殺される? それってどういうことだよ? 確定事項なのかよ?」
僕はメアリーに訊ねる。
それはバルト・イルファからもサリー先生からもメアリーからも、誰一人として教えてくれなかった事実だった。
それが確定事項であるとすれば、僕は今から死にに行くということになる。それは教えてほしい事実だし、出来れば誰一人死なせないほうがいい。僕だって、メアリーだって、誰だって考えていることだろう。
先に口を開いたのはメアリーだった。
「……なるべくなら、あなたには伝えないほうがいいと思っていた。けれど、あなたはきっと出ていこうとすると思った。だから言わないで、あなたに頼らずにこの世界を救う方法を考えていた。だから、あんな閉じ込めるようなことをしたの」
メアリーはゆっくりと言葉を紡いでいく。
それは慎重に言葉を選んでいるようにも見えた。
「だから、あなたにはできる限り迷惑をかけたくなかった。今度こそ、あなたがどこか遠くに居なくなってしまうと思ったから。それは嫌だった! あなたは、あなたは……いつもどこかに消えて行ってしまう! それを、やめてほしかった」
「要するに、メアリー・ホープキンはフルから離れたくない、って言っているのさ。どうだい、フル・ヤタクミ。とっても感動的な話だとは思わないかな? まあ、はっきり言ってこの世界を救うためには予言の勇者たるフル・ヤタクミ……つまり君が動かないといけないわけだが」
「……僕が死ぬのは確定なのか?」
「あくまでも予言でそうだといわれているだけだよ。だから確定かどうかといわれると微妙なところだけれど」
バルト・イルファは淡々と告げた。
その事実が真実であるかどうかは定かではないけれど、いずれにせよこれが本当であれば非常に面倒であることは間違いないだろう。それに、僕としても生死がかかっている。出来ることならば、はっきりとしておきたいところだが……。
メアリーはバルト・イルファの意見に反論するかのように、噛みついてきた。
「でも、それは間違っている。絶対に、絶対に、フルが死ななくていい方法があるはず!」
「それは理想論だろう?」
しかしあっさりとバルト・イルファに切り捨てられた。
まったくイメージは湧いてこないが、しかし二人が言っていることを合体させて考えるとすれば、僕がオリジナルフォーズを封印したのち死ぬことになっている。それがどうして死んでしまうのだろうか、それについては二人とも明言を避けているように思える。それがわざとなのか偶然なのかは解らない。
だが、メアリーがそれをわざと隠しているようには思えなかった。もし知っているならばそのまま言ってくるだろうし、それについての対策を考えてくるはずだ。それを考えていないということは――とどのつまり、僕が死ぬことは解っていてもなぜ死ぬかまでは解らないのだろう。
メアリーの考えも、バルト・イルファの考えも二人ともそれが間違っているとは認識していないはずだ。悪も正義もこの中では関係のない話だった。今、ここでは二人とも話している内容は正義そのものなのだから。
正義と正義のぶつかり合い。
それがこの二人の話し合い、だといえば納得がいくのかもしれない。
だとしても、こう長々と二人の会話で時間を潰すわけにもいかない。そう思って、僕は二人の間に入ろうと一歩前を踏み出した。
「メアリー、いずれにせよ……僕を救おうとしていることは解る。それについては感謝してもしつくせない。けれど、問題は……まだそれが見つかっていない、ということだと思う。対策が何一つとして見つかっていないのだろう?」
メアリーはそれを聞いてずっと俯いていたが、やがて観念したのかゆっくりと頷いた。
「ということは、今の状況では僕がこの世界を救うしか方法が無い、ってことになるよ。この世界をグチャグチャにしてしまったのは……、リュージュに操られていたとはいえ、僕が封印を解く魔法を使ったことが一因といえる。だから、僕が責任を取らないといけない。いわゆる、ケジメというやつだ」
「いや、それは間違っている。あなたが犠牲になる必要はない……!」
「そうだとしても、その結果を導き出すまでどれくらい時間がかかるの? 机上の空論ではなく、ちゃんとした証拠を出すまでどれくらいの期間が必要になる?」
その言葉を聞いたメアリーは僕に言葉を投げかけることなく、ただ俯くばかりだった。
つまり、今のメアリーにはこの状況を打開する策が無かった、ということになる。




