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異世界で、英雄譚をはじめましょう。  作者: 巫 夏希
第二章 ハイダルク編
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第十七話 妖精の村②

 大きな木――町の中心にあるそれの下には、一つの家があった。ほかの家と同じく石煉瓦で形成されているのだが、その幻想的な雰囲気に、思わず目を奪われた。


「ここがこの町の長老の家だよ」


 馬車を止めて、老人はそう言った。


「……行こう、フル」


 そう言ったのはメアリーだった。

 確かに何も知らないでやってきた場所において、そのまま従っていくのはどうかと思う。緊張感もないし、皆を信じてもいつか裏切られる可能性を常に考慮しておく必要がある。

 しかしながら、メアリーの言葉を聞いて――僕は小さく頷いた。


「そうだね。先ずは向かってみないと何も始まらない。きっとこの町の人はいい人だと思うから」


 そう言ったのは、正直嘘だった。

 ほんとうは不安ばかりだった。けれど、彼女の言葉に押されて、僕はそういうしかなかった。



 ◇◇◇



「お初にお目にかかります、私はこの町の町長です。どうぞよろしく」

「こちらこそ……よろしくお願いします」


 今、僕たちは町長と面を向かいあって話している。

 町長は椅子に腰かけて、ずっと笑みを浮かべている。それが若干気持ち悪く感じたけれど、あくまでもそれは僕が思っただけのこと。もしかしたらメアリーとルーシーはそう思っていないかもしれない。だから、僕は何も考えず、そのまま話を聞いていた。


「まあまあ、堅苦しくならずに、楽にしなされ」


 その言葉を聞いて、僕たちはそれに従う。

 その様子を見届けて、町長は小さく溜息を吐いた。


「……あなたたちはラドーム学院の学生だろう? どうして、このような場所にきているのか解らないが……」


 まず自分たちの身分を話されて、驚いた。

 なぜ知っているのだろう。こちらから話しているわけでもないのに。


「……ああ、すまない。実はラドームから聞いているのだよ。この町は、ラドームが昔住んでいた場所でね。私も昔からよく話を聞いていた。だから仲が良いのだよ」


 そう言って、町長は背を向けている電話機を指さした。

 電話機。それはこの世界にやってきて、一番驚いたことだ。この世界の文明は、もともと僕が居た世界に割り当てれば、産業革命以前になるだろう。船も蒸気船ではなかったし、そもそも蒸気で船を動かすことは、ほぼ出来ないかもしれない――そんなことを語っていた。

 しかしながら、この世界には電話機がある。産業革命よりも前には、電話機は発明されていない。もちろん電話機が生まれたのは、僕のいた世界では産業革命以後となる。にもかかわらず、どうしてこの世界には電話機があるのか? 謎は深まるばかりだったから、取り敢えず暫く残置させておいた疑問の一つではあったのだけれど。


「……まあ、その電話で知ったのだよ。もしかしたら船がながされてエルファスのほうまで来ているかもしれない。もしそうなっていたら、助けてやってほしい。保護してほしい、とな……。さて、君たちがここに来たということは、つまり、ハイダルク城へと向かうことになるのかな?」


 ほんとうに何でも知っている。この世界の有識人は、脳内ですべて繋がっているのか?

 そんな冗談を言えるくらいには、僕は気になっていたけれど、でも、余裕を感じていたこともまた事実だった。

 こくり、と頷いてそれにこたえると、町長は小さく頷いた。


「成る程。ならば、序でに……そう、ほんとうに序でのことになるのだが、一つ頼まれごとをしてくれないだろうか?」

「頼まれごと、ですか?」

「そう。頼まれごと、だよ。なに、そう難しい話ではない。ただ、一つ、あることをしてほしいだけなのだよ」

「あること、って……何ですか?」


 フルの言葉に、町長は頷いて神妙な顔で話し始めた。


「……妖精をこの町に取り戻してほしい」


 町長はそう言って、木を見る。合わせて僕もそれを見てみた。

 確かに木はどこか元気がないように見える。


「……少し前までは、元気だったのだよ。この木は。けれど、それがつい最近、急に元気を失ってしまったのだよ。……なぜかは解らない。だが、敢えて言えることがある。それは、町の中から妖精が居なくなった、ということなのだよ」


 妖精が居なくなった。

 そもそも妖精を見たことがない僕にとって、それは簡単に納得できることではなかった。けれど、町長の話し方――トーンからして、それは重要なことであるということは、すぐに理解できた。


「妖精の住む町にとって、妖精が居なくなったことは大変なことなのだよ。そして、妖精が住む場所は別にある。だが、そう近くは無いし、この町に住んでいる人間がそう簡単に行けることは無い。難しいとでも言えばいいだろうか。平坦な道ではないものでね、かなり険しい道のりになるのだよ」

「だから私たちに?」

「ああ。こうお願いするのは心苦しいと思っているがね」


 町長がそう思うのも当然だろう。急にやってきた人間に、この町のために働いてくれと言い出すのだから。冒険者ならともかく、まだ僕たちは学生だ。そう簡単にそのクエストを受けるわけにもいかなかった。


「……まあ、そう簡単にお願いして、了承してもらうとは思っていない。今日はゆっくりと休んでみてはいかがかね? この町で一番の宿屋の部屋を確保している。そこで一晩休んで、また次の日に結論を見出してはくれないだろうか? 短い期間で大変申し訳ないと思っているが……」

「……」


 確かに、すぐに結論を出せるはずがなかった。

 だから僕たちはひとまず町長の意見に了承して――一日の猶予をもらうこととしたのだった。


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