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異世界で、英雄譚をはじめましょう。  作者: 巫 夏希
第二部第一章 勇者の帰還編
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第百六十九話 終わりの世界、始まりの少年⑯


 そして。

 第三勢力たる存在は、水晶玉を通してすべての事象を見つめていた。

 正確に言えば、見通していた、というほうが正しいかもしれない。いずれにせよ、彼女は世界をここまでにした張本人であり、それでいてそれを悪いと思っていない。むしろ正しいことと思っているのだから。

 巫女装束のような恰好に身をまとった女性は呟く。


「……これでそれぞれの動きが、ある程度ひと段落しましたか」


 隣に立っていた白いワンピースの少女は告げる。


「でも、これでいいのですか。リュージュ様。シリーズという存在に先手を取らせるなんて。あなたらしくない。予言の勇者を倒すためには、あなたとシリーズが組むことが良かったのでは?」

「それでは、ここまでうまく進めることは出来なかったでしょう。シリーズにはシリーズなりの矜持がある。そして、私にも私なりの矜持が……ね。それを考えると、きっとその矜持はぶつかり合うでしょう。それで支障が生まれるのは大変よろしくない。ただでさえ、今の世界は不安定だというのに」


 溜息を吐いたのち、女性は水晶玉から目線を移す。

 暗い部屋だった。壁も床もすべてが黒で塗り潰されている。それでいて、人物は黒に引き立てられているかのように、不自然に浮かび上がっていた。

 水晶玉を持つ女性は笑みを浮かべたまま、顔を上げる。


「……世界は不安定。確かにその通りです。そして、不安定な状態であっても、予言の勇者は世界をかき回すと思いますよ。予言の勇者はまだ何かをしでかす可能性がある。いや、正確に言えばしでかされる、そう仕向けられるのでしょうから。まったく、運命という可能性は酷いものですね。時に人を滅ぼすのですから。そして、滅ぼすときの一番の言い訳にもなりますし」

「確かに、一理ある」


 女性は笑みを浮かべると、立ち上がり、少女を避けて部屋の出口へと向かっていく。


「……リュージュ様、どちらへ?」

「未だ物語は序盤だ。始まることは、そう簡単にやってこないだろう。だから、私は少しの間眠らせてもらうよ。なに、もしロマも気になるようであれば水晶玉を置いておくが」

「いえ、結構です。それほど物語が進むことも無いでしょう。それは私も同意ですから。それより、リュージュ様はゆっくりお休みください。リュージュ様の計画は十年経過して、漸くここまで来たのですから。先ずはお休みしていただいて、しっかり力を蓄えてから行動に移しても問題は有りません。そうでしょう?」

「……そう言うならば、水晶玉は私が持ち帰ろう。では、私は少し眠る。たぶん勝手に起きてくると思うから、緊急時以外は起こさないこと。そして、私の部屋にも人を立ち入らせないこと」

「かしこまりました」


 ロマと呼ばれた少女は頷いて、頭を下げる。

 リュージュはそのまま彼女の礼を見て、奥にある扉を開けてその中――彼女の部屋へと入っていった。

 一人残されたロマは考え事をしていた。

 それは彼女の兄であるバルト・イルファについてだった。バルト・イルファは十年前、予言の勇者の脱出に加担したとしてリュージュから排除命令が下されていた。

 排除命令。それは事実上の組織からの抹消処分だった。

 それは彼女にとっても悲しい決断だった。彼女は兄、バルト・イルファのことが好きだった。それは、好意を持っているという意味だった。愛している、という意味だった。

 バルト・イルファとは兄妹の関係にあるとはいえ、血は繋がっていない。

 血は繋がっていないからこそ、ロマはバルト・イルファ――つまり兄のことも恋愛対象においても問題ないだろう、とずっと考えていた。

 バルト・イルファのことを当然尊敬しているし、しかしながら、それと同時に恋愛感情もはぐくんでいた。もちろん一方的だった。バルト・イルファがそんなことを知っているはずも無かった。仮にそういう一端を垣間見るときがあったとしても、それは冗談だろうとしか受け取っていなかった。

 だが、彼女にとってみればそれは冗談などで片づけられる問題では無かった。


「……お兄様、どうしてこうなってしまったの……」


 妹は、兄に恋をしていた。

 だが、兄は予言の勇者の脱出に加担して、そのまま姿を消してしまった。

 ああ、妬ましい。

 妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。

 自分の愛する兄を、ここまで骨抜きにしてしまった予言の勇者が妬ましい。

 だから、許せなかった。

 ロマもロマで、予言の勇者に因縁があるということだ。


「お兄様を、ああ狂わせたのは、予言の勇者。あなたが悪いのですよ……!」


 ロマは昂る感情を何とか押さえつけながら、ちょうど窓から出てきた月を睨みつけた。

 月はそんなこともつゆ知らず、今日もふわりと空に浮かんでいるのだった。

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