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異世界で、英雄譚をはじめましょう。  作者: 巫 夏希
第二部第一章 勇者の帰還編
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第百六十五話 終わりの世界、始まりの少年⑫


 サリー先生に話を聞かなきゃ。

 僕はそう思って、ずっと走っていた。

 サリー先生に会うためには、ルチアにパスコードを聞く必要がある。バルト・イルファがそう教えてくれた。彼の情報を無駄にしてはならないだろうし、今の状況では最重要な情報だろう。バルト・イルファが何か言いたげな表情を浮かべていたが、今はそんなことどうだっていい。一先ず、もう一度サリー先生に会ってきちんと話をしないと何も始まらない。

 ルチアの部屋は外壁に面した掘っ立て小屋だった。もっと立派な部屋を用意してもらうことも可能だと思うのだが、どうしてこのような場所に部屋を作っているのだろう。

 そんなことを思いながら、扉の前に立ち、僕は扉をノックする。

 反応はなかった。まあ、当然かもしれない。逆にあのルチアに人間然とした態度をされたらそれはそれで驚きだし。

 と、本人を蔑むのはここまでにしておいて、僕はそれを了承と受け取って、部屋の中へ入った。

 部屋は非常に質素な作りだった。ちゃぶ台のようなテーブルが一つ、クッションが二つ、それにシングルベッド。衣服は適当なところにかけられていてそのまま放置されている。どうやら生活能力はそこまで高いものではないようだった。それを見て少しだけ安心した自分がいるのは内緒だ。

 そして、ルチアはシングルベッドに横たわっていた。どうやら眠っていたようで、白いワンピースを着ていた。パジャマか部屋着のいずれかだろうか、普段の印象とは大きく違うので少しドキリとしてしまうが、それはいま感じる問題じゃない。

 さて、当の本人は僕の入室にも気にすることなく、目を開けてからこちらを一瞥して起き上がろうともしなかった。


「……用事があったからここに来たわけなのだけれど、起き上がろうとする気もないわけか?」


 しびれを切らした僕は、そう口にする。

 対してルチアは至極面倒そうな表情を浮かべながら、ゆっくりと起き上がる。

 よく見れば髪はぼさぼさになっている。さっき話をしてそんな時間も経っていないことから、あのあとすぐに眠ったということなのだろうか。だとすればあまりにも不定期な生活リズムに見えるが。


「何よ。別に私が起き上がろうとは思わないのだから、いいじゃない。……ところで、何の用かしら?」

「サリー先生に話をしたい。パスコードを教えてくれないか?」

「また単刀直入に……。どうせ、バルト・イルファが悪知恵を仕込んだのよね。まったく、あのキメラは、何を言い出すか解ったものじゃない。サリーもどうしてそんなことをしたのか、まったくもって理解できないけれど、まあ、それはいま考えるべき話では無いわね」


 ふわあ、と欠伸を一つして立ち上がるルチア。彼女はそのままゆっくりとクッションの上に座る。

 それを僕は、ずっと立ったまま見つめていたわけだけれど、


「何をしているのかしら。とにかく、座りなさいな。話をしているのに、立ち話というのも難儀なことではなくて」


 そう言われてしまっては、受け入れるしかない。そう思って僕はルチアの向かいに置かれているクッションの上に安座で座った。

 ルチアはベッドの脇に置かれていた白い箱の扉を開けた。中から茶色の液体が並々に満たされたデキャンダとコップを二つ取り出してそれをテーブルの上に置く。持っていた部分が濡れていなかった――裏を返せばそれ以外の部分が濡れていたところを見ると、どうやらあの箱は冷蔵庫の類のようだった。

 デキャンダを持ち、コップに液体を注いでいく。それを八分目くらいまで注いだ段階で終えると、それを僕のほうに差し出した。

 最初はそれが何の液体なのかさっぱり理解できず、口をつけずにいたのだが、


「……それはお茶だよ。別に毒なんぞ入っちゃいない。まあ、苦みがあるからそこは人を選ぶポイントになるかもしれないが」


 溜息を吐いたのち、そう言って彼女の前に置かれていたコップにも同じようにお茶を注いでいった。

 お茶か。それなら問題ないだろうか。そう思って僕はコップを手に持つと、それを口に流し込んだ。

 味は想像よりもすっきりしていて、とても美味しかった。苦みがあるとは言っていたが、それもアクセントの一つと考えれば申し分ない。偉そうに聞こえる話かもしれないが、それは紛れもない事実だった。

 それをルチアも見ていたようで、


「……へえ、それを初見で苦いと思わなかったのは珍しい。別にあんた以外にも色んな人がいたけれど、それでも全員が全員これを美味しいとは思っていなかった。ま、私はこれが好きだからこのお茶を飲んでいるのだけれど」


 そう言ってルチアはお茶を飲みほした。


「これは、何のお茶なんだ?」

「エノシアスタ第一ビル……と言っても解らないか。ここから連絡通路を通して行けることのできる唯一の場所だよ。そこに人工農園がある。そこで育てている野菜の一つに、煮出しすることで味が出てくるものが判明してね。それを使っている。名前は忘れてしまったが、健康効果も期待できるとのもっぱらの噂だ」

「噂、ね……」


 女性は噂を気にする、と聞いたことがある。やっぱりこの世界でも女性の感性は変わらないんだな、って思った。はっきり言って、今の状態ではまったく関係のないことなのだけれど。

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