第百六十二話 終わりの世界、始まりの少年⑨
「ここで、長々と考えていてもこの世界は何も変わらないわよ」
軈て、ずっと考え事をしている僕に飽き飽きしてきたのか、ルチアは溜息を吐いた。
それを見てなぜか僕は申し訳なくなった。目の前に居るのは、かつての敵だ。だからそのような気遣いなど本来であればする必要は無い。けれど、今の状況を考えると敵も味方も関係ないように思えた。
昨日の敵は今日の友、という古い言葉があったような気がするけれど、今まさにその状態であることを、身を持って実感していた。
「君はどうなんだ?」
「……は?」
「君の立ち位置から、僕はどう行動すべきかどうかアドバイスが欲しい。もちろん、あくまでも要望の一つではあるけれど」
「何を言いたいの。解っているのかしら。あなた、こんな状況でも他人に意見を求めるつもり? これは確かにあなただけの問題ではないかもしれないけれど、決断するのは、最終的に行動するのはあなたでしょう。だから、あなたが決めないで誰が決めるのよ。それに、アドバイスなんて不要と判断できる。これは誰も経験したことのないことなのだから、あなたが思ったほうに進めばいい。ただそれだけの話。私にとってみれば、別に面白ければどうだっていいわけなのだから」
「面白ければ、どうだっていい、か……。つまり、つまらない方向には進みたくない、と」
「当然でしょう?」
さも当たり前のように、ルチアは首を傾げ溜息を吐いた。
僕を嘲け笑うように、彼女は冷たい眼差しを僕に送っていた。
「とどのつまり、簡単な話。人生は一度きりなのだから、自分が楽しいように生きていったほうが結果としていい方向に進むというだけのこと。別に悪いことではないわよね。だって、好きに生きて何が悪いのよ?」
確かに、それは間違っていないかもしれない。
ただし、欲望はある程度セーブしておかないといけない。この世界は共同生活を送る世界だ。だから、そのための秩序が存在している。その秩序を守らない限り、世界は、正確に言えばほかの人がそれを負担するか穴埋めする必要がある。
それをしたくないから、それをしてほしくないから、考えられたのが秩序だ。
そしてその秩序を破壊することは、巡り巡って自分の生活を脅かすことも考えられるとうことだ。まあ、そういう人間は大抵『今が良ければそれで良い』という人間ばかりなので、未来のことなどノータッチなのだろうけれど。
「でも、僕は……」
「元の世界に帰りたい?」
ルチアは僕が言いたかったことを先回りして言ってきた。
それについて直ぐに頷きたかったけれど――なぜか出来なかった。なぜそれが出来なかったのか、今の僕にはさっぱり理解できなかった。
「まあ、その気持ちは私には理解できないわ。だって『世界を移動する』ことなんて普通の人間には有り得ないことだもの。そもそも、あなたは予言の勇者としてこの世界にやってきた、異世界人。そしてあなたにとってこの世界もまた、異世界。あなたはいったい異世界で何をしようと、何を成し遂げようと考えているのかしら?」
異世界で、何をしようとしているのか?
それを僕に聞いたところで、何が始まるというのか。
そしてそれを、ルチアは理解しているのか。
「……それについてあなたに聞いたところで何が始まるか、と言われたところで私も何も解答出来ないのだけれど」
ルチアはゆっくりと歩き始め、やがて立ち止まる。
それを見ていた僕は思わず首を傾げていたが、
「とにかく、あなたがどういう決断をするにせよ、我々は我々の行動をとる。それが間違っているか、少なくとも私にとってはどうだっていい。ただ面白ければ……ね」
そしてルチアは扉から姿を消した。
いったい何がしたかったのか、その時の僕には理解できなかった。
◇◇◇
その頃、飛空艇。
メアリーとルーシーが作戦会議をとっていた。
通常、作戦会議とはある程度の地位についている人間が集まって行われるものだ。しかしながら、この会議は少々特殊なものであって、ルーシーとメアリーの二人だけ、しかも会議開催中は部屋に誰も入れない、という徹底ぶりだった。
「シルフェの剣は、まだ力を解放していない……。メアリー、それってほんとうなのかい?」
ルーシーの言葉にこくり、と頷くメアリー。
メアリーの話はさらに続いた。
「そうよ。けれど、その情報は古い石碑に載っていただけだから、確証は掴めないけれど」
「……そうか。でも、それはかなり大きいな。もし相手もそれを知っているなら、フルにそれを持ち掛けるだろう。そしてそれを狙えばいい。……ちなみに場所は?」
「ガラムドを祀っている神殿があることは知っているでしょう? あそこに力が封印されているとのことよ。ガラムドの力を使えば……、きっとオリジナルフォーズを封印することも出来るでしょうね」




