第百五十五話 終わりの世界、始まりの少年②
「了解。急いで向かう」
メアリーはそれを聞いて大急ぎで部屋を出て行った。
「メタモルフォーズなら、僕も戦うよ! メアリー、ガラムドの書にある魔法を使えばメタモルフォーズも……」
「五月蝿い」
メアリーは僕の言葉を途中で強引に切り上げた。
それが何を意味しているのか、理解できなかった。
「いいから。あなたは何もしなくていいの。なにも、何もしなくていい。あなたにはもう魔法は使わせない」
「それっていったい……!」
「お急ぎください、長官!」
「わかっている!」
やってきた男の言葉を聞いて、駆け足でメアリーは居なくなってしまった。
メアリーの様子がおかしい。
まるで数ヶ月どころか数年近く成長してしまったような、そんな感覚。
そして、そこに、僕だけが取り残されている。
「……なあ、今は、ガラムド暦何年になるんだ?」
僕が居た時代ならば、ガラムド暦2015年だったはず。もしそうであればまだ数ヶ月しか経過していないことになるが……。
少女は告げた。
「ああ、なんだ、そんなことですか」
まるで僕からの質問は聞き飽きたかのような、つまらない表情をして。
「……今はガラムド暦2025年。つまりあれからちょうど十年の月日が流れたということになりますね。……もしかして、今の今までまったく気付かなかったんですか? だとすれば、疑問を持たな過ぎですよ。あなたは」
「……十年?」
十年。日に換算して三千六百日が過ぎ去ってしまった、ということになる。そしてそれは同時に、僕がその時間ずっと意識が無かったということと等しい。だって僕が目を覚ましたのは、ほんとうについ最近なのだから。
ということはメアリーたちもそのまま十年成長した、ってことになる。ええと、つまり……二十五歳になった、ということか?
「十年経過しても、まだ人類はあの災害から立ち直ることは出来ませんでした。オリジナルフォーズの復活、その暴走……。多数の錬金術師や魔術師が力を尽くしました。しかしながら、それでもオリジナルフォーズを封印することは出来ませんでした。当然ですよね、封印する魔法も解除する魔法も予言の勇者しか知り得ないのですから」
「僕は……何をしてしまった、というんだ?」
彼女に訊ねる。恐らく彼女もその『災害』の被害者なのだろう。だから被害者にそれを聞くのは少々心苦しい。
だが、聞かないと何も進まない。理解しなければ、この理不尽の極みと言っても過言ではない状況を対処しきれない。
「たぶん、というか、確実に君はその災害の被害者なのだろう。だから、今から聞くのはトラウマを抉ってしまうことになると思う。だから、言いたく無かったら言わなくていい。けれど、僕はまったく知らないんだ。この世界の現在について」
「何を……しらばっくれているんですか!」
しかし、彼女は激昂した。
正直言って、ここまでは想定の範囲内。
だが、彼女はそれで終わらなかった。
立ち上がると、彼女は僕の横たわるベッドに向かい、そして、思い切り僕の腹部に拳を入れた。
嗚咽を漏らしそうになるのを何とか抑えるが、それでも彼女は攻撃の手を緩めない。
何度も、何度も、何度も、何度も攻撃を加えていく。殴られ過ぎてきっと痣が出来てしまっているかもしれない。それ程に彼女の一撃は重く、そして痛かった。
恨み辛みがあるのだろう、その一撃をただ僕は受け続けるしか無かった。
きっと謝罪したとしても彼女は攻撃の手を緩めるとは思えなかった。それ以上に、先手で僕が何も知らないと言い切ってしまったが故に、何も知らない癖に何を言うのかなどと言われかねない。
だから、僕はただ攻撃を受け続けた。
攻撃の手が止まったのは、部屋に入ってきた誰かが彼女の手を抑えたからだった。
その誰かは僕も見たことのある人物だった。
「ルーシー……? いったい何をしているんだ、君は」
「その台詞、そっくりそのままお返しするよ。ナディアの帰りが遅かったから嫌な予感がしたけれど……、ここまで予想通りに的中してしまうとはね」
「る、ルーシーさん……! すいません、つい怒りがこみ上げてきてしまって……!」
「いいよ。仕方がないことだ。起きてしまったことに怒り、恨み、辛みをぶつけることは人間の行為としては本質的なものだから。……問題としては、殴り過ぎということだよ。君の力なら問題無いかもしれないが、一体何発殴った? 僕や他の男性クルーが同じ行為をしたらフル・ヤタクミは気絶していただろうね」
ルーシーも何か僕のことを他人行儀に言っていた。
いったい僕は何をしでかしてしまったというのだろうか。オリジナルフォーズを復活させてからその後何が起きたのか、僕は知らなかった。けれど、オリジナルフォーズの現在について何も言わないところを見ると今は無力化されているということなのだろうか。




