第百四十一話 目覚めへのトリガー⑪
「ふうむ、確かにそれもそうだな。私は魔法も錬金術も使えない。はっきり言って、君たちの戦いには邪魔となる存在だろう。……王であったとしても、進んで向かうべきだとは思っていたが、私ももう衰えた。……致し方ないのだろう、若い世代に譲るということも悪くない」
それを聞いたカーラは目を丸くする。耳を疑って、国王に再度話を聞く。
しかしながら、それをする前に国王はゆっくりと頷いた。
「エルフの村の少女よ、私はもう古い世代の人間だよ。次の世界は新しい世代の人間がこの世界を統治していったほうがいい。そう、例えば……」
すっと、指をさす。
その方向にいたのは――レイナだった。
レイナはそれを聞いて、目を丸くした。何を言っているのか、さっぱり解らなかったのだろう。
対して、国王はさらに話を続ける。
「君のことはリーガル城の城下町で盗みを働いていた時から知っていた。しかしながら、私の地位のこともあり、君のことを直ぐに言うことは出来なかった。それに、君に近付くことも出来なかった」
「……は? いったい、何を言っているのよ。私はただの盗賊だぞ。王様なんかに謝られるような立場じゃ……」
「いや、そんなことはない。君はまだ、自分の立場に気付いていないだけだよ。……かつてハイダルクには二人の王子が居た。兄より優れた弟は居ない、なんてことはよく聞いたことのある言葉かもしれないが、その王子たちにもそのルールは適用されていた。しかしながら、その兄はある日消息を絶った。国王が、国を挙げて探したというのに……それでも見つからなかった。だが、その弟だけは知っていた。兄が苦悩していたことを。何に? それは簡単だ。兄は、国王になることが決まっていた。その重圧に耐えきれなかったのだよ。そして優しい弟はそれを知って、兄の代わりに王になった」
「もしかしてその弟というのは……」
こくり、と頷く国王。
「……ああ。それは私のことだ。そして、その兄は……レイナ、君の父親にあたる人間だよ」
「私の父親が……国王のお兄さん……ですって?」
レイナは動揺していた。それは当然かもしれない。突然、そのような事実を言われてしまって、動揺しないほうがおかしいものだ。
国王の話は続く。
「まあ、無理もないだろう。実際問題、そのことについて気になることはあるだろうが、君の父親は確か流行り病で亡くなっていたはず。そうだったな?」
「え、ええ……」
「あれは痛み入ったよ。ほんとうに。まさかああなるとは思いもしなかった。私だって解らなかったのだから。しかしながら、君という存在が生きていてよかった。私と妃の間には子供が生まれなかったからな……。世継ぎがまったく居なかった状態だったのだよ」
「ちょ、ちょっと待ってよ。つまり……」
「国王陛下。レイナに王位を継承するつもりがある、ということなのですか?」
言ったのは、メアリーだった。
メアリーとしてもあまり他人の会話には口出ししないほうがいいだろうと思っていた。しかし内容が内容だ。この国の進退を決めることとなる重要な会話である。だから、彼女としてもこの会話に何としても入って確認しておきたかった。
「……そういうことになるだろう。この世界は、新しい世代の人間に託さねばならない。古い人間がずっと居座っていても無駄な行為だろう。それこそ、リュージュのように、腐った人間がいつか現れてしまうとも限らない」
「だとしても……」
レイナは否定した。
レイナにとってもこの出来事は想定外だったから、致し方ないことかもしれない。とはいえ、レイナにとってこの話は悪い話ではないことは確かだ。ただ、問題は多数あることだろうが。
「仕方ないことではあるのだよ。……教養が無いというのならば今から付ければいいだけの話だ。最初から誰もが完璧だったわけではないし、そのような人間はいない。だから、今からでも遅くないのだよ」
「しかし……」
やはり、そう簡単に決められない。
当然だろう。国王が言っているのは、レイナへの譲位。その意味を解っていないわけでは、当然有り得ないだろう。
地震が再び発生したのはちょうどその時だった。
「……さっきよりも長い……!」
「オリジナルフォーズが目覚めようとしているのかもしれないな……。ここで、こう長々と話している場合ではない。とにかく今は向かうしかないだろう。この島の奥に……確実にリュージュはいる筈だ。だから今は、私のことは気にする必要はない。終わったら、すべての話をしようではないか」
そうしてメアリーたちは島の奥地へと足を踏み入れる。
その先に何が待ち受けているのか――今の彼女たちには知る由もなかった。




