第百二十六話 一万年前の君へ⑤
「ふん……。何を言い出すかと思いきや、結局精神論に過ぎないじゃないか。サリー・シノキスは二度もその場から逃げ出した。それは紛れもない事実だ。信じたくないと思うのは自由だけれど、真実を受け入れることも大事だとは思わないかい?」
「お兄様。たぶん、何を言っても無駄です。彼らは真実を受け入れることはないでしょう。叩き潰すしかありません。もともとの予定通りに」
「うーん、仕方ないかあ。とにかく、倒さないと何もかも進まないからね。それは紛れもない事実だし、リュージュ様もそういっていた。けれど、最後のトリガーは予言の勇者が引く必要がある。そういわれているのだから」
僕が、トリガー?
リュージュが行おうとしている目的と、僕が世界を救うということ。それは同義だということなのだろうか? ――いや、そんなことは有り得ないし、考えたくない。
バルト・イルファの話を遮るように、サリー先生は言った。
「ヤタクミ。あなたは知っているかどうか解らないけれど、リュージュの計画、その第一段階はコンピュータ『アリス』によるマインド・コントロールのはずです」
それを聞いたバルト・イルファの表情が一変するのを僕たちは見逃さなかった。
そして、バルト・イルファは苦悶の表情を浮かべ、大声を上げる。
「なぜ、それを知っている!」
「校長はどうやら昔からリュージュに被疑をかけていたようだった。……まあ、その証拠が見つからなかったから断片的なものでしか無かったらしいのだけれど。そして、最終的にリュージュがあるオーパーツを所有していることが明らかとなった。オーパーツ、とは言っても結局のところそれは旧時代に開発されたものなのだけれど」
「コンピュータ『アリス』……それはいったい何だというのですか?」
メアリーの質問に、サリー先生は首を傾げた。
そのような質問が来ることは想定内だったと思うのだが、サリー先生はそれでも首を傾げていた。
「……ごめんなさい。その質問ならば、来るのは想定していたけれど、それに対する回答は出来ない。正確に言えばその質問に対してあなたたちを満足させられるような回答を持ち合わせていない、というのが正しいかもしれないわね……」
首を振り、サリー先生はそのまま地面を見つめる。
しかしすぐに顔を上げると、僕たち四人の表情をそれぞれ見つめた。
「いずれにせよ、あなたたちが次にすべきことはたった一つ。『アリス』を止めること。それがどのようなものであるかははっきりとしていないけれど……、それでも、それが出来るのはあなたたちだけ。なぜならあなたたちは世界を救う勇者なのですから」
そしてサリー先生は僕たちの背中をばん、と叩いた。
とても痛かったけれど、それは一つの『勇気』をもらった気分になった。
だから僕たちは、大急ぎで走っていく。
アリスを止めるために。
そして何よりも――リュージュを止めるために。
「逃がすと思っているのか!」
バルト・イルファ、ロマ・イルファが背後から僕たちを追いかけようとする。
しかし、
「バードゲイジ!」
サリー先生がイルファ兄妹を鳥かごのような空間に閉じ込めた。
「……あなたたちの相手は私がじっくりとしてあげる」
踵を返し、僕たちに手を振ったサリー先生は、
「行きなさい! 私のことは、どうだっていいから!」
そう、言った。
そして僕たちは振り返ることなく――アリスの手がかりを探すべく、瓦礫と化した街の中へと走っていくのだった。
◇◇◇
「強い反応がある」
ルーシーの言葉を聞いて、僕たちは城内へと足を踏み入れた。
進むにつれて、一つ、大きな『異変』を感じ取ることが出来た。
それは襲い掛かってくる人たちのこと。襲い掛かってくる人たちは明確な悪ではない。給仕であったり兵士であったり……皆一般的な市民であった。まるで何か大きな意志に操られているような、そんな感覚だった。
「傷つけないで! きっと彼らは何かで操られているだけよ。動きのみを封じるのよ!」
そう言ってメアリーは彼らの足元に草を生やし、それを結ぶことで足を引っ掛けさせ、そのまま彼らの動きを封じた。
「それさえ聞けば……どうということはない!」
僕もそれに従い、スタンガンのように電撃をぶつけて気絶させていく。あくまでも気絶させるのが目的なので電流は少ない……はずだ。加減出来ているかどうかは解らないけれど、黒焦げになっていないからたぶんそのあたりは問題ないだろう。
ルーシーはどうしているだろうか――ふとそちらのほうを見てみると、常人には追い付けないようなスピードとパワーで次々と襲い掛かってくる人たちをねじ伏せていた。正確には一撃一撃が見えないほどのスピードで相手を気絶させている。
「……ルーシー、そのスピードとパワーはいったい……?」
「どうやら、主従融合というらしい」
ルーシーは自分の腕を見つめながら、そう言った。
ルーシーの話は続く。
「僕もこれがどれくらいの力を秘めているのかは解らないけれど……、でも守護霊と力を合わせることで、人並み外れたパワーとスピードを得る事が出来るらしい。現に今もそうだった。まるでこれは自分の力ではないような、そんな錯覚に陥るくらいだったよ」
そう言ってルーシーは笑みを浮かべる。
そうして僕たちはそれぞれの力を駆使して人々から戦力を奪っていったが――それでも処理能力が追い付かない。
埒が明かないと思ったのか――メアリーは舌打ちを一つして、僕たちに声をかける。
「もう、我慢できない! ……みんな、私のほうに集まって!」
声を聴いて、僕たちはメアリーのほうへと集まる。
同時に、メアリーは持っていたシルフェの杖で地面をトン、と叩く。
刹那、僕たちの居た部分の地面が大きく塔のように競り上がっていく。ゾンビのように僕たちに襲い掛かってきた人たちはそれによって地面に落下する人たちもいれば、塔を崩そうと無意味な攻撃を続ける人たちも居た。
「これで何とか目の前の問題は解決するはず……!」
メアリーはそう言って、深い溜息を一つ吐いた。




