第百二十四話 一万年前の君へ③
イルファ兄妹の足場を破壊したとしても、それでも勝ったとは思えなかった。やはりイルファ兄妹はそれ程に強い存在であるということ。そして、イルファ兄妹の気配がまだ色濃く残っていたからだった。
「……簡単に僕たちを殺せると思ったら大間違いだよ、予言の勇者。まあ、もしかしたら弱い君たちならばそんな想像をしたのかもしれないけれど」
想像通り――バルト・イルファは僕たちの目の前に姿を見せた。地割れによって土煙が立ち上がり、少しの間ではあったけれど、イルファ兄妹が居た場所は隠れてしまっていた。
バルト・イルファは律儀にも土煙が消えるまで何も行動しなかった。いや、正確に言えばそれが利口な考えなのかもしれない。土煙で視界が充分に確保されていない状態で攻撃をしたとしても当たるとは思えないし、敵の罠が仕掛けられている可能性も考えられる。
ロマ・イルファはバルト・イルファの隣で笑みを浮かべ、
「お兄様。だとすればお笑い種ですわ。予言の勇者はそこまで何も考えられないなんて!」
ロマ・イルファが僕を煽り出す。
兄妹、ほんとうによく似ている。それでいて、二人とも強い。はっきり言ってどちらかを離しておかないと倒すことは難しいだろう。二人の連係プレイがどういうものかはっきりとしない以上、その辺りはきちんと対策しないといけないだろう。
「……今度は、こっちから行くぞ!」
バルト・イルファが跳躍する。
その跳躍は軽く僕たちの頭を飛び越えてしまう程の高さだった。
そしてバルト・イルファは僕たちの頭上から、炎魔法を撃ち放った。
しかしそんな攻撃で倒れる僕たちではない。簡単に剣を一振りしてしまえばバリアを張ることができる。少なくともバルト・イルファの攻撃はそれで遮蔽することが出来るようだ。
問題はこちらからどのように攻撃すればいいか、ということ。守り続けることも間違いではないのだけれど、攻撃をするのも難しい現状ではこの戦闘を終えることもままならない。はっきり言って、このままではバルト・イルファが押し勝つ状況が見えてきても何らおかしくない。
ならばどうすればいいか、という話になるわけだけれど、結局そんなものは決まっていた。
攻撃できない場所ならば、相手をそこまでおびき出せばいい。
「メアリー、今だ!」
僕はメアリーに声をかける。メアリーはすでに準備が完了しており、その言葉に大きく頷いた。
メアリーは水の砲撃を開始する。とはいえ、錬金術は魔術のようにそのまま無から有を生み出すことは出来ない。
しかしながら、錬金術はその媒体さえ作り出してしまえばそれに則したものを作り出す放つことができる。メアリーが錬金術で作り出したものも、その水を生み出すに値する媒体であった。
巨大なポンプ。
メアリーが錬金術で作り出したのは、それだった。
そしてそのポンプは勢いよく水を出していく。
バルト・イルファに命中したその水は、彼が放った炎すらも飲み込んでいった。
「やった! これなら……」
「これなら、何だって?」
ぞわり。
僕たちの背筋に、寒気が走った。
今、バルト・イルファの声がした? そして、バルト・イルファは何と言った?
「……まさか、秘策がこれだっただとか、そういうことはないよね。幾ら何でも弱すぎるよ、秘策が。さあ、さっさと終わりにしてしまおうか、予言の勇者」
バルト・イルファは無事だった。
水が消えてしまったとしても、そんなもの受けなかったかのように毅然とした態度でその場に立っていた。浮かんでいるのだから、実際には立っていたではなく浮かんでいたのほうが表現としては正しいのかもしれないが。
そして、バルト・イルファは再び炎を作り出す。
その炎は手に収まりきらない程に大きくなっていく。炎はゆっくりとその手を離れて、最終的に彼の頭上に鎮座するほどまで大きくなっていく。
そして、その炎は、彼の身体の倍近くまで膨れ上がった。
絶望。
その一言が似合う状況とは、まさにこのことだったのかもしれない。
そして、バルト・イルファは呟く。
「――死ぬがいい、予言の勇者。もう少し骨のある戦いが出来ると思っていたのだけれど、残念だったね」
バルト・イルファは炎を僕たちに向けて投げた。
流石に今回は間に合わない。剣を一振りしてバリアを出そうたって、それがその炎を耐え得る強度かどうかも定かではない。だからといってそのバリアを超えるバリアを作り出せるかといわれると無理だった。
「――バリアード!」
声が聞こえた。
刹那、僕たちの周りにさらに堅固なバリアが出現した。さっき僕が剣を一振りしたことで生み出したバリアは薄膜のようなものだったが、こちらはガラスのように一部屈折しているようにも見える。
「……何とか間に合ったようね、フル、ルーシー、メアリー」
そして、僕たちは振り返る。
背後に立っていたのは僕たちもよく知る人物だった。
「サリー先生……!」
そう。
サリー先生が黄金に輝く果実――知恵の木の実をお手玉よろしく手でぽんぽんと投げながらそこに立っていた。




