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異世界で、英雄譚をはじめましょう。  作者: 巫 夏希
第四章 封印されし魔導書編
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第百十五話 知恵の木②

 入ってきたのは乳母とみられる老齢の女性だった。なぜ乳母と解ったかといえば、その女性は一人の赤ん坊を抱えていたからだった。赤ん坊はその女性に慣れているからか泣くことなく、ただその適度な振動を受け入れているようだった。

 赤ん坊はベッドに寝かしつけられると、そのまま乳母は部屋を出ていった。おそらく彼女にも用事があるのだろう。致し方ないことかもしれないが、一つの仕事ばかりを任されているのではなく、複数の仕事を並行しているのだろう。メアリーはそう推測して、その赤ん坊の表情を見るべく、ベッドのほうに向かった。

 その顔つきに、どこか彼女は見覚えがあった。


「……もしかして」


 彼女はずっと首を傾げて、記憶を整理する形でその赤ん坊が何者であるかを探していたが、漸く彼女は一つの結論を導いた。


「これは……私?」


 そこに居た赤ん坊は――メアリーの赤ん坊だったころ、そのものだった。


「ということは、これは……私の過去の記憶、ということ?」


 メアリーは推測を立てる。

 しかし、明確に言えばそれは間違っていた。もしそれがメアリーの記憶であるとするならば、彼女が神の視点――いわゆる第三者視点からその記憶を見ていくことは出来ない。

 だから彼女はその可能性を捨てる。

 次に考えたのは、知恵の木が見せる『記憶』ということだった。

 知恵の木は記憶エネルギーをメアリーの身体に循環させた。そして知恵の木が得る記憶はこの星の記憶ということになる。大地、空気、物体、液体――この世界に生きとし生けるものの記憶をすべて受け継いでいるのがこの知恵の木ということであるとするならば、この記憶も知恵の木の記憶を通して追体験しているのだと、そう考えたほうがまた現実味があった。

 メアリーは少しこそばゆい気分になった。何故なら今目の前に居るのは彼女自身なのだから。即ちメアリー・ホープキンという人間は今この場に二人居るということになる。タイムパラドックスが起きてもおかしくないような状況であることは間違いないのだが、しかしこれはあくまでも記憶のお話しであり、実際に今その時代に居るというわけではない。


「……でも、どうして知恵の木はこの記憶を……?」

『それは、あなたが無意識のうちに封印していた記憶、それを知恵の木の記憶を通して提示しているだけにすぎません』


 声が聞こえた。

 その声は知恵の木に手を当てるよう言った声と同じ声だった。


「また、あなたですか……。あなたはいったい何者ですか……?」

『それはお伝えすることは出来ません。ですが、あなたにも、彼らにも悪い相手では無い、ということだけは言えます。それだけは信じていただけると、大変助かります』


 そう言われてしまっては、何も言いようがない。そう思ったメアリーは致し方なく、その部屋の探索を再開した。


「……それにしても、」


 メアリーは考えていた。

 それは脳に直接聞こえてくる、あの『声』が言っていた、気になる言葉。



 ――無意識のうちに封印していた記憶。



 それはいったい、どのような記憶だったのだろうか? メアリーは考えていたが、やはり無意識のうちに封印していた記憶、となると意識しているうちではそれが出てくるとは考えにくい。

 部屋にあったのは本棚だった。本棚なら何か情報を得られないかと思い、捜索を開始したが、しかしそこにあったのは想像通り子供向けの絵本ばかりが並べられていた。


「まあ、想像通り……よね。こんなところに何か資料があるとは思っていなかったし。となると……、やはりこの部屋を出ていくしかないのかしら」


 溜息を吐いて、メアリーは部屋の外に出ようと出入り口へ向かった、ちょうどその時だった。

 誰かが扉を開けて、部屋に入ってきた。メアリーはそれを見て物陰に隠れる。先程自分の判断で記憶の世界ということを判断したにも関わらず、やはり気になってしまうものなのだろう。

 メアリーは物陰から、誰が入ってきているのか様子を窺う。

 入ってきたのは一人の女性だった。影になっていて見えないが、服を足元よりも長くなっているように見えるので、それなりに地位の高い人間なのかもしれない。


「……メアリー」


 女性は、赤ん坊メアリーを抱き締めて呟いた。

 その一言は慈愛に満ちた一言のようにも見えたが、冷たい視線を送っているようにも見える。簡単に言ってしまえば、『どうでもいい』の一言で片づけてしまうような、そんな表情を浮かべているようにも見えた。

 そこでメアリーは漸く誰であるかを――理解した。

 メアリーは言葉を失っていた。

 メアリーは見られたくなかった記憶を、無意識のうちに封印していた記憶を、思い出した。


「ああ……、ああ、そうだ。そうだった……」


 メアリーを抱き締めているのは、メアリーに冷たい視線を投げかけているのは、メアリーに彼女の名前を投げかけているのは。


「リュージュ……!」


 そう。

 スノーフォグのトップであり、この世界を破滅へと導こうとしている元凶。

 リュージュが赤ん坊のメアリーを抱き締めていた。

 それは冷たい視線を送っているとはいえ、赤ん坊メアリーはそんな彼女を笑顔で見つめていた。

 メアリーは赤ん坊メアリーの表情こそ見えないものの、全く泣かないところを見て、徐々に記憶を取り戻していった。


「……どうして、この記憶を……」


 メアリーは、問いかけた。


『戦う前に、能力を開放するために、あなたは運命と向き合う必要があった。記憶が、運命が、あなたの能力の上限を低くしていた。だからその記憶を、半ば強引の形になってしまったかもしれませんが、引き出しました。メアリー・ホープキン、あなたがリュージュの娘であるという紛れもない事実を、封印していた記憶を、解き放つために』


 メアリーの問いかけに、淡々と声は告げた。

 メアリーはその言葉を理解するのに、少しだけ時間がかかってしまった。その『試練』の意味が、理解できなかったからだ。理解したくても、理解できなかったのかもしれない。

 メアリーの母親がリュージュであるという事実。それはメアリーの中では記憶として残っているものの、封印したかった程なのだから、それを表に出されたくなかったこともまた、紛れもない事実であった。


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