第百一話 守護霊使いの村⑥
逃げる――とは言っても、それほど広い空間ではないこともまた事実。こんな狭い空間でどうやって逃げ続けろというのだろうか。
どうやって?
どこまで?
いつまで?
僕の中に疑問が芽生え続ける。その疑問は解かれることなく、延々と続いていく。
「……バルト・イルファ。あいつはどうして無尽蔵に魔術を放つことが……」
呟くように、彼女は言った。
最初、どうして僕はそんなことを言ったのか理解できなかった。
けれど、少し遅れて……彼女の言っていた言葉の意味が少しずつ理解できてきた。
魔術を使うには、四大元素の力を使う必要がある。
火、水、土、空気。
それぞれの元素の力を借りることによって魔術を発動させる。裏を返せばその元素の力を借りない限り魔術を放つことは出来ない。それでいて、元素が存在しない場所ではその属性の魔術を使用出来ない性質と、魔術を行使することで元素が減ってしまうという性質を持っている。例えば乾燥してしまったところでは水属性の魔術を使いにくいし、それでも何回か無理して使っていればあっという間に枯渇してしまう。
だからこそ、バルト・イルファは無限に魔術を使えない。
別にバルト・イルファに限った話ではなく、だれもが魔術を無限に使うことは出来ない。それこそ、無限に元素を供給する環境が無い限り。
バルト・イルファの攻撃が止まったのは、ちょうどその時だった。
「……君たちはきっとこう考えていることだろう。『なぜ魔術を使い続けているのに、それが枯渇する可能性が出てこないのか』ということについて」
バルト・イルファは右手を彼の顔の前に突き上げた。
そして火球を生み出して、それを見つめる。
「……まあ、気になるのは当然のことだよね。僕も暇なことだし、教えてあげることにしようかな」
「そんなに自分の手を広げていいんですか、バルト・イルファ。いくら余裕綽々とはいえ、足元を掬われますよ」
「問題ないよ、クラリス。それに、僕が『言いたい』と言ったんだ。はっきり言ってきみには関係のないことだろう?」
クラリスとバルト・イルファは、やはりあまり仲が良くないようだった。
もしかしたら……その関係をうまく突けば、何とかなるか?
そんなことを思っていた、ちょうどその時だった。
『バルト・イルファ、もうそこまででいいわよ』
声が聞こえた。
奥から、誰かが出てきた。
メアリー以外の人間ならば、一度は見たことのある人物。
スノーフォグの国王、リュージュだった。
「リュージュ……!」
僕たちは直ぐに臨戦態勢をとる。
メアリーもどういう状況だったのかはっきりとしなかったようだったが、それでも少し遅れて臨戦態勢をとった。空気を読んだ、といえば聞こえがいいかもしれないが、状況を理解できていない中でそううまく取れるのは凄いことではないだろうか。
『……ほう、メアリー。やはりここに居たのか。いやまあ、別にどうでもいいことなのだけれど』
「……どうして、私のことを知っているの?」
メアリーは怪訝な表情を浮かべて、リュージュを睨み付けた。
リュージュにとってそんなことはどうでもよかったらしい。
リュージュは一瞥したのち、僕を見つめて、
『攻撃しようとしても無駄だよ。今の私はホログラムで再生している。正確に言えば、ここに私はいない。遠く離れた場所で私はこのホログラムを操作しているだけに過ぎないのだから。……まあ、操作は若干面倒ではあるが、わざわざ実地に出向く必要が無いのはメリットではあるかな』
ホログラム。
リュージュはそう言った。そんな科学技術が無いと実行出来ないようなものが、この世界で実現している――ということなのだろうか。だとすれば、この世界の文明レベルはほんとうに未知数だ。まあ、科学技術が世界中に流布されていないところを見た限りは若干低いのかもしれないけれど。その技術を世界中に広めただけで、世界の技術水準がどれ程進歩するか、それは考えただけでも恐ろしかった。
はてさて。
リュージュは再び僕たちを見つめると、笑みを浮かべて、話を続けた。
『バルト・イルファ。クラリス。我々はここから撤退することとしよう。別に、ここの基地なんてまったく必要ないのだから』
「しかし……いいのですか? 必要ないとはいえ、ここには多数のメタモルフォーズが……」
「バルト・イルファ。あなたも忘れてしまったの?」
言ったのは、リュージュではなくクラリス。
「リュージュが、メタモルフォーズを不必要とした。そのときは……計画が第三フェーズに進行している、その合図だと」
第三フェーズ。
その言葉を聞いてバルト・イルファは大きく頷いた。どうやら彼らの中でその言葉はある通称となっているらしい。
「それでは、いよいよ……!」
リュージュは頷く。
『ええ。我々が動くときです。ここまで来れば、あとは我々の番、と言ってもいいでしょう。わざわざ予言の勇者の追撃を受けることもありません。……ああ、それは嘘だったかもしれないわね。一通の招待状を出しておかないと』
「招待状、だと?」
リュージュは答えることなく、ただ一言だけ僕たちに投げ捨てた。
『私に会いたければ、そしてこの世界の真実を知りたければ、南国「レガドール」へ向かいなさい。相手にしてあげる』
そう言って、リュージュは指を弾く。
刹那、彼女たちの間に煙幕が生まれ――それを僕たちの手によって払う一瞬の間に、バルト・イルファやクラリスも含めて、姿を消してしまった。まさに、煙に巻かれたかのように。
同時に、けたたましいアラームが鳴り響いたのはちょうどその時だった。
「おい、これってまさか……不味いんじゃ……!」
「どう考えても不味いよ! とにかく、ここに居る人はフィアノの人たちだろうから……。おおい! 一先ず僕たちについてきてください、急いで外へ出ましょう! 慌てないで、ゆっくりと来てください!」
そうして、一先ず僕たちはフィアノの人々を助けるべく、神殿を後にするのだった。




