二
それから二人は、ある世界に住むことになりました。
その世界は、それまで二人が生きてきた世界とは異なる、平和な世界でした。
そしてその世界で、白かった女の人の髪は、黒に変わっていました。
二人はそれぞれ、白い髪の男の人から新しい名前をもらっていました。
二人を森から切り離し、新しい世界に繋ぐための、新しい名前です。
黒い髪の男の人は、白崎一生という名になりました。
黒い髪の女の人は、白崎唯吏という名になりました。
二人は新しい世界で、夫婦として生活を始めました。
黒い髪の男の人は、幸せでした。
この世界は、自由で、穏やかで、何より『ひとり』ではありませんでした。
黒い髪の女の人は、幸せでした。
髪の色を理由に虐げられることはないし、何より『家族』がそばにいました。
そして何年かが経って、二人が新しい世界での生活に慣れてしまった頃のことです。
二人の間に、男の子が生まれました。
二人によく似た、黒い髪の男の子でした。
一生。
唯吏。
二人は自分たちの名前から一文字ずつとって、
自分たちにとって『唯一』のものであるという思いを込めて、
その男の子に名前をつけました。
吏生。
黒い髪の男の人は、男の子に武術を叩き込みました。
その男の子に、強くてたくましい男になってほしいと思いました。
黒い髪の女の人は、男の子に世界の外側のことを教えました。
その男の子に、優しくて頼れる男になってほしいと思いました。
『死んでもいいとは、絶対に思うな。どんな風になっても、生きることを考えろ』
『世界には外側があって、そこから見たらこの世界だってちっぽけなんだよ』
男の子はそんな教えを聞きながら、すくすくと育ちました。
所々抜けている両親のおかげで、男の子は少ししっかりした子に育ちました。
それでも、所々抜けている両親に似て、時々所々抜けている子に育ちました。
そしてある日。
男の子は、忽然と姿を消してしまいました。
まるで、神隠しにでも遭ってしまったかのように。
黒い髪の男の人も、黒い髪の女の人も、寂しく思いました。
きっと、男の子は世界の外側に行ってしまったのだと思ったからです。
きっと、男の子は世界の外側で働くことになるだろうと思ったからです。
『吏生は無事かな』
『大丈夫でしょう、私の子だもの』
『そうだな、俺の子だしな!』
『……そこは心配だな』
『あれ!? 俺ってそんなに頼りないの!?』
そんなやりとりをして、寂しいのを誤魔化すように笑い合いました。
男の子のいなくなった家は、ぽっかりと穴が開いたように寂しく感じました。
『元気でいるといいな』
『楽しく過ごせているといいね』
二人はそう言い合って、男の子の幸せを願いました。
まさか、こんなにも早く巣立ってしまうとは思わなかったけれど。
男の子が立派に生きていてくれたらいいと、思いました。