三
それから時間は流れていって、ようやく総務部長っていう肩書きに慣れてきた頃。俺の髪も随分と白くなってきて、事務所のどこに何があるのかもほとんど覚えた頃。
「リヴァイアス」
「ん」
やっと呼ばれ慣れてきた名前に振り向くと、軽く手を上げるアシュレイがいた。
「アシュレイ。どうした?」
「おまえに頼みがあってな」
そう言って、アシュレイが後ろを指差す。よく見ると、アシュレイの後ろに隠れるように小さな人影がひとつ。
「もしかして、新人?」
「ああ。おまえの後輩に当たる」
「そっか!」
俺にとっては、初めての後輩だ。嬉しくなってそいつの姿を見ると、俺より少し年下くらいの女の子だった。中学生くらいかもしれない。
「まだ正式に決まったわけではないがな」
「じゃ、まだ試用期間みたいな感じか」
「そういうことだな」
アシュレイの言葉に納得しつつ、そいつのほうを見る。そいつはアシュレイに隠れながら、ちらちらとこちらを見る。
「初めまして。俺は総務部長のリヴァイアス。この支部じゃ今のところ一番の新人だ」
笑顔で挨拶をすると、そいつはぱちくりと目を瞬かせてから、俺に向かって深々と頭を下げた。
「メイといいます。特技は料理です!」
「料理! だったら厨房にほしいな。最近、人手不足でさ」
「わ、私もここで働くなら厨房がいいなって思ってました!」
そいつ、その新人のメイは、目を輝かせながら俺を見る。
「一番の新人で総務部長って、すごいんですね!」
「いや、俺の場合は総務部長にするために採用されたみたいなところがあるから」
「キャリア採用!? ますますすごいです!」
「いやあ、それほどでも」
褒められて照れていると、隣でアシュレイが呆れたようにため息をついた。
「どこがすごいんだ、問題児が」
「う、そう言うなよ」
この事務所へ来てから、就任する前に森の主であるフェンリルと戦いに行ったということで、俺はずっと問題児扱いされている。まあ、別に否定はしないんだけど。
「問題児、ですか?」
「ああ。詳しい話は本人から聞けばいい」
きょとんとしているメイにそう言ってから、アシュレイは俺を見た。
「リヴァイアス、メイを厨房に案内してやってくれないか? 頃合を見て迎えに行く」
「ああ、そういうことか。了解」
アシュレイに返事をしてから、メイに手招きをする。
「厨房はこっちだ。行こうぜ」
「はいっ」
ぱたぱたとついてくる足音を聞きながら、歩き出した。
「あの、アシュレイさんが言ってた問題児っていうのは?」
「ああ……まあ、いろいろあってさ」
苦笑を漏らすのと、曲がり角から影が飛び出すのが、同時だった。咄嗟に左腕で防御したところ、左腕に噛み付いてぶら下がっている、狼姿のフェンリルを発見。
「おまえさあ……さすがにこのタイミングで来るなよ」
「いつでもケンカの相手になってやるって言ったのはおまえだろう」
「それはそうだけど」
ちらりと後ろを見ると、メイが目を丸くしてフェンリルを見ていた。
「こいつは俺の部下で、フェンリルっていうんだ。俺が問題児って言われてるのは、こいつとした盛大なケンカのせいだな」
「ケンカ、ですか」
ようやく俺の左腕から離れたフェンリルが、着地してメイのほうを見た。
「誰だ? こいつ」
「新人だよ。俺たちの後輩」
「ふうん」
聞いておいて、興味なさそうなフェンリル。興味がないなら聞くな、とは思っても言わない。だってフェンリルと話すのは楽しいから。
「今はこいつを厨房に連れて行かないといけないから、ケンカはあとでな」
「絶対だぞ」
「おうよ」
手を振ると、フェンリルはすたすたと歩いていく。その後姿を見送ってから、また歩き出す。
「俺がこの森に来てから、ここで働き始める前にいろいろとあって、あいつと一対一の決闘ってやつをしたんだ。それが、俺が問題児って呼ばれる所以」
「そ、そうだったんですか」
ぽかんとした顔をしているメイに、苦笑を返す。
「結構に派手なケンカでさ、お互い傷だらけで一緒に入院して、アシュレイとかライディアスにも一緒に叱られたりしてさ」
懐かしいな。それでもまだ、たった数ヶ月前のことなのか。
「リヴァイアスさん、何だか楽しそうですね」
振り向くと、メイは何故だか楽しそうに笑っていた。だから、俺も笑った。
「楽しいよ」
この世界は、生き物を差別しないから。