一
父さん、母さん、元気ですか。
そちらでは、そろそろ秋も深まってきた頃でしょうか。
風邪など引いていないか、心配です。いや、引かないだろうけど。
俺のほうは、それなりに元気に過ごしています。
まだ受け入れがたい現実を目の当たりにすることも多いですが、頑張っています。
急にいなくなったことで心配をかけたかもしれませんが、大丈夫です。
いろんな人と知り合いました。
責任感が皆無な責任者とか、リーダーより頼りになる副リーダーとか。
姉ちゃんみたいな人とか、兄ちゃんみたいな人たちとか、弟みたいなやつとか。
みんな、母さんのことを知っているからか、俺によくしてくれます。
似ているだの似ていないだの、いろいろ言われます。それもまた楽しいです。
そうだ。この間、弟みたいなやつと盛大なケンカをしました。
そのおかげでお互い傷だらけになって、今は隣同士のベッドで入院中です。
この手紙を書いている今も、やつは隣でうだうだと俺に悪態をついてきます。
でも、あんまりイラつきはしないです。弟がいたらこんな感じかなって思います。
一応上司に当たる責任者の人とか、副リーダーとか、お見舞いに来てくれます。
姉ちゃんみたいな人と兄ちゃんみたいな人たちは、意外と仲がいいみたいです。
時々三人でお見舞いに来ては、漫才みたいなやりとりをして帰っていきます。
他にも、リスだの黒猫だのが俺の体調を心配してくれているみたいです。
楽しい、と思います。
だけど時々、無性に高校の友達に会いたくなったりもします。
無性に、父さんと母さんに会いたくなったりもします。
そういうときは、決まってみんなが夢に出てきます。
この間は、夢の中で母さんに怪我のことを叱られました。
こっちに来てから、二人のことをいろいろ知りました。
生い立ち、まではわからなかったけれど、馴れ初めとか、そういうの。
母さんの上司だった人とか、部下だった人とか、同期だった人とかに聞きました。
まあ、二人はどこにいても二人のままだったみたいで、少しほっとした。
いろんな人が、父さんと母さんのことを聞きに来ます。
俺が二人のことをいろいろ話すと、みんな楽しそうに笑ってくれます。
あいつらしい、あいつららしい。そう言って、笑ってくれます。
笑わないやつも一人います。そいつはいつも拗ねたような顔をします。
それを見る度、こいつは母さんが好きなんだなあと実感します。
そうだ、母さんが使っていたっていう武器をもらいました。
剣と短剣を一本ずつ。使いこなせる気がしないのですが、どうしよう。
地道に修行だの訓練だのを続けようと思います。
人生長いもの。きっといつか使いこなせるはず。信じてる。
……うん。
いろいろうだうだ書いたけど、伝えるべきはそんなことじゃなくて。
あの日、晩飯のカレーを食べたかったな、とか。
洗濯物をたたんでおくって言ったのに、できなかったな、とか。
もう一回くらい父さんと手合わせしてみたかったな、とか。
もっと親孝行すべきだったとか、せめて高校くらい卒業したかったとか。
……いろいろ、本当は心残りがあるんだけど。
俺はもう、帰りません。
この森で生きることを、この組織で働くことを、決めました。
ずっと、俺は生まれるべき世界を間違えたんじゃないかって思ってた。
俺が生きたいと思える世界が、俺が生きやすい世界が、他にあるんじゃないかって。
そんなのは妄想に過ぎないと思っていた。ただの厨二病だと思っていた。
だけど今、俺の目の前に世界があります。
俺が生きたいと思える世界が、俺が生きやすい世界が、確かにあります。
世界の外側、世界樹の森。
この世界こそが、俺の生きるべき世界だと、俺は思います。
母さんは、世界の外側であるここを『世界』とは呼ばなかったそうだけど。
俺はここを『世界』と呼びます。ここは確かに『世界』だと、俺は思います。
『世界』を繋ぐ『世界』だと、『世界』が群生する『世界』だと、思います。
別に、生まれた世界が嫌いなわけじゃない。
そこには父さんと母さんがいるし、友達がいるし、大切だ。
だけど、この森にも大切なものがあるから。
ケンカでも話でも、いつでも相手してやるって約束しちまったし。
母さんの代わりにはならないだろうけど、一緒にいてやるって言っちまったし。
まあ、後悔なんてしてないけど。
何か支離滅裂になっている気はするけれど。
もしかしたら、父さんと母さんは『ふざけるな』と思っているかも知れないけれど。
どちらかと言えば『勝手にしろ』と思っているような気がするけれど。
俺をその世界に産んでくれて、ありがとう。
俺をこの歳まで育ててくれて、ありがとう。
頼りないこともあるけれど、強くてたくましくてカッコいい父さんが好きだ。
すごく子供っぽかったけれど、優しくて頼り甲斐がある母さんが好きだ。
そんな二人の間に生まれたことは、俺にとって誇りだし、自慢です。
できればもう一度だけ、母さんの手料理を食べたかったです。
最後の食事が『嫌いなものオンパレード』って、切な過ぎる。
できればもう一度だけ、父さんと修行がしたかったです。
今なら、父さんにも勝てるような気がするんだ。気のせいとか言わないで。
最後になるけれど。
俺は父さんと母さんが付けてくれた『吏生』という名前が好きでした。
きっともう、この名前を名乗ることはできないけれど。
俺自身ももうすぐ、この名前を忘れてしまうらしいけれど。
だけど、父さんと母さんの中では、俺はずっと『吏生』だから。
父さんと母さんだけは、この名前を覚えていてくれると信じているから。
だからこそ、俺はこの名前を捨てることができます。
今まで、たくさん心配をかけて、迷惑をかけて、すみませんでした。
そんな心配ごと、迷惑ごと、俺を愛してくれてありがとう。
幸せです。
吏生より
追伸
もし、本当にこの手紙が二人に届くことがあれば、幸いです。
なんて、きっとこの手紙はどこにも届かないのだろうけれど。




