表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
(旧作)ワールドアウト・ロストマン  作者: くつぎ
玖 だから俺がいるんだ
33/39

「俺はただ、あいつと一緒にいたかっただけなんだ」



 やがて泣き止んだのか、フェンリルが俺に抱きついた態勢のまま話し始めた。


「ずっと独りだった。『サビシイ』なんて知らないくらい、独りだった」

「うん」

「森のやつらはみんな、俺の姿を見ただけで避けていく。怯えて、恐れて、逃げる」

「……うん」


 フェンリルはまだ時々しゃくりあげながら、語る。


「あの日、エルドに会った。あいつは俺を見ても怖がらずに、話しかけてくれた」


 それを聞いて、ああやっぱりエルドは母さんのことなんだと悟った。母さんは、初対面の人でも、普通の人は怯えるような大きな動物でも、臆することなんてなかった。


「フェンリルって名前は、エルドが俺を呼ぶためにつけた名前なんだ。俺が、俺を俺だと認識するために、エルドがくれたんだ。……だから、この名前は好きだ」

「そうか」


 だから、あいつはあんなにも誇らしげに、自分の名前を言ったのか。


「それからはずっと二人で、いつでも一緒で、どこに行くにも一緒で、なのに」


 俺の胸倉をつかむフェンリルの手に、力がこもる。


「あいつらは、あの白いやつらは、俺からエルドを奪った」


 レスティオールたちが、母さんを保護した時の話か。


「それからどのくらいか経った後、エルドは時々俺に会いに来るようになったけど……俺は、本当はずっとエルドと一緒がよかった」

「……うん」

「だから俺は、あの白いやつらが嫌いだ」


 フェンリルはまだ顔を上げない。俺の胸倉を掴む手は、震えているようにも思えた。


「俺はエルドが『タイセツ』だったんだ。エルドも俺を『タイセツ』だって言ってくれたんだ。……なのに、エルドはあの男のほうが『タイセツ』だったんだ」


 ああ、そういえば。母さんは樹の中で死に掛けていた父さんを助けて、その罪で森を追われたんだっけ。


「だから俺は、あの男が嫌いだ。俺を独りにしたエルドも、嫌いだ」

「うん」

「だけど」


 そこでようやく、フェンリルは俺の胸にうずめていた顔を上げた。


「だけど」


 フェンリルは俯いたままで、表情はよく見えない。けれど、その目からひとつ、涙が落ちたのは見えた。


「俺に『サビシイ』とか『ウレシイ』を教えてくれたエルドは、好きだ」


 ぽたり、ぽたり、フェンリルの目から涙が落ちては、俺の服にしみこんでいく。


「ずっと俺と一緒にいてくれたエルドは、好きだ。俺のことを『タイセツ』だって、『トモダチ』だって、そう言ってくれたエルドは、好きだ」

「うん」

「忘れたことなんてない。エルドの顔を思い出せなくなっても、エルドの声を思い出せなくなっても、エルドのニオイを忘れたことなんて、一度もない」

「……そうか」


 そして、やっとフェンリルと目が合った。俺と同じ顔で泣いているフェンリルを見ていたら、俺も泣いているんじゃないかって、錯覚しそうになった。


「なあ、エルドは、あの男と一緒で『シアワセ』なのか?」


 真っ直ぐに俺を見て、フェンリルはそう言った。母さんが幸せかどうか、なんて。


「……当たり前だろ。だから俺がいるんだ」


 母さんが幸せだから、母さんが父さんといて幸せだったから、俺が生まれたんだ。真っ直ぐにフェンリルを見つめ返したら、フェンリルはまた俺の胸に顔をうずめた。


「エルドのバカ。エルドのアホ。エルドの嘘つき」


 今度は母さんの悪口を言い出した。


「エルドと一緒にいたくてたくさん修行したのに、意味ないじゃん。せっかく人間の姿になれるようにまでなったのに、何も意味ないじゃん」


 ああ、人型になるために結構頑張ったのか。


「何、ちゃっかり子供とか作っちゃってんだよ。エルドのバカヤロウ」


 小さく息をつく。何だ、フェンリルはただ単純に、母さんが好きなだけじゃないか。誰だよ、憎いだの何だのって言ったのは。……あ、フェンリル本人か。



「なあ、フェンリル」

「……なんだよ」


 声をかけたら、ちゃんと返事が返ってきた。


「俺じゃ母さんの代わりになれないってことくらい、わかってはいるけどさ」


 そう言って、俺は未だに自分の胸の上にあるフェンリルの頭を、ぐしゃぐしゃに撫でてやった。


「ケンカ相手でも、話し相手でも、いつでもなってやるから」


 おまえがそれを望むなら、いつだって決闘してやるし、いつだってくだらない話も聞いてやる。一緒に木登りもするし、修行だって付き合ってやろうじゃねえか。


「だからさ」


 手を放すと、フェンリルが頭を上げた。目が合った。


「あの白い建物に来いよ。俺と一緒に」

「何でだよ」


 むっと眉を寄せるフェンリル。まあ、憎いと言ったほどだから、あまりいい反応をするとは思わなかったけれど。

 でも。



「おまえがずっと一緒にいてくれたほうが、たくさんケンカできるだろ?」



 そう言って笑ったら、フェンリルは少しだけ目を丸くして、それからまた俺の胸に突っ伏した。肩が震えている理由が、泣いているからなのか、笑っているからなのか、俺には判別できないが。



「ばあか」



 笑っていてくれたら、いいのに。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ