三
「ほ、本当に運び出されている!」
「言ったとおりだろう」
次の日の朝、アシュレイに連れられるがまま外に出ると、巨大な砂時計が外にあった。二週間計って……こんなことになるのか。なんかすげえ。
「それで、フェンリルの居場所に心当たりはあるのか?」
「……ない」
起きてからいろいろ考えたけど、結局何も思い浮かばなかった。俺バカ。
「無計画にも程がある」
「ごめんなさい」
怒られた。
「仕方ない。上から気配を探るぞ」
「そんな方法があったのか!」
「……これをできるようにするために、おまえに精神修行をさせてるんだが……」
また呆れられた。
「なんていうか……あれだな。最初の会話でこう言うのもなんだけど、おまえって結構なバカだな!」
「おいおいドラゴンくん、無邪気に言わないでくれ、へこむから」
現在、二週間計を運ぶドラゴンの背中に乗って森の上空を飛行中だ。アシュレイもドラゴンの隣で翼を生やして飛んでいる。ちょっとうらやましいな。俺も飛んでみたい。
「ウィルメイ、平気か?」
「平気だよ、このくらい」
少し心配そうにするアシュレイに、ドラゴンは機嫌よさそうに返した。懐いているって言うのは本当らしい。……と言うか。
「おまえ、ウィルメイっていうのか」
「そうだよ。今朝ついたんだ」
声色がすごく嬉しそうだ。ウィルメイ、ウィルメイか。早く覚えるために心で連呼しておこう。
「レスティオールが起きてすぐに思いついたんだってさ」
「寝起きのテンションで考えたのか」
「いい名前だろ?」
「確かに悪くはねえよな、寝起きのテンションの割には」
でも何かこう、独特なんだよな。どこから来た発想なのかよくわからないと言うか。
「無駄話はそこまでにしろ。……奴の気配がする」
アシュレイの言葉で、俺とウィルメイは口をつぐんだ。
『なあ、リショウ。俺は、おまえだって殺したい!』
フェンリルの声が、言葉が、頭の中でぐるぐると回った。
ぞわり、背筋を悪寒が走る。俺は腕を軽くさすってから、小さく深呼吸をした。もしかすると、今度こそ殺されるかもしれない。会った瞬間に襲い掛かられても文句は言えないような気がする。
……ああ、俺は、フェンリルに会うのが怖いんだ。
「へえ、生きていたのか。たいした生命力だな、リショウ」
にやりと笑うフェンリルは、最初に会った時と同じ狼の姿。一瞬、ぞわりと背中が粟立つ感覚。それをかき消すように、一度深く息をした。
「……フェンリル」
「何だ、リショウ」
「俺はイラついてんだ。不意打ちで殺されかけたんだからな」
ぴくり、フェンリルの耳が動いた。可愛いな。……いや、そうじゃなくて。
「なあ、フェンリル」
「……何だ、リショウ」
ああ、何か緊張してきた。好きな子に告白するみたいな。……あ、俺そんな経験なかった。青春、無駄にした気がする……じゃねえ、また集中できてなかった。
仕切り直すように一度咳払いをして、深呼吸。それから、真っ直ぐにフェンリルを見据えた。
「俺と決闘しろ」
「決闘?」
「一対一で、お互いに体調も精神も万全な状態で、正面から勝負しよう」
「……へえ」
フェンリルがにやりと笑う。俺も、つられたみたいに口角が上がった。
「面白い。面白いな。心の底から面白そうだ」
「そう言ってくれて嬉しいよ」
内心でほっとしつつ、俺は少し離れたところにいたアシュレイとウィルメイに合図をした。二人はそれに気付き、二週間計を持って俺の傍に来た。
「二週間後だ。この砂時計の砂が全部落ちる頃、俺はもう一度ここに来る」
「そんな面倒なことしなくても、今すぐ戦おうじゃねえか」
「こっちはまだ修行の途中なんだよ」
にやりと口角を上げたまま、俺はフェンリルを見下ろした。
「この砂が全部落ちる頃には、俺がこの森の最強だ」
「……面白い」
至極楽しいという表情で、フェンリルは言った。
「それでこそ殺し甲斐がある」
「まだ俺を殺す気かよ」
「当たり前だろう。俺はおまえが憎いんだ」
「知ってる」
ウィルメイに頷きかけると、砂時計が反転する。さらさらと落ち始める砂を見てから、俺はフェンリルに向き直った。
「待ってろよ。必ず来る」
「来なかったら俺から会いに行ってやるぜ?」
「来るさ」
そう言って、フェンリルに背中を向ける。フェンリルが俺に襲い掛かってくることはなかった。