二
「かあああつ!」
「いって!」
カツサンドのカツって『勝つ』じゃなくて『喝』だったっけ、なんて。結局またアシュレイにぶっ叩かれている午後の精神統一。
「おまえ今、何を考えていた?」
「フェンリルのこと」
「……まあ、晩飯のことに比べたらまだマシか」
呆れられた。
「それで、フェンリルのことで何を考えていたんだ」
「いや、レイシャルにさ。決闘の申し込みをしに行ったほうがいいんじゃないかって言われたんだよ。正々堂々と戦うなら、向こうにも準備期間があったほうがいいって」
「ああ、それは確かだな」
アシュレイはそう言ってから、ふと何かを考え込んだ。首を傾げると、アシュレイは俺を見て、口を開く。
「……だが、やつに時間という感覚はあるのか?」
「時間?」
何故、時間。
「決闘を申し込みに行くなら、日時の指定は必須だろう。だが、何日後などと言ったところで、やつに正確な日時が伝わるか?」
「……伝わるんじゃないか?」
だって、確か樹に登っていた時、フェンリルは言った。
『一日一本登るくらいの勢いだぜ?』
日付の感覚がないと、あの言葉は出てこないだろう。と、俺は思う。というようなことを話したら、アシュレイはまた何か考え込むように、あごに手をやった。
「いや、確かに日付という『概念』はあるだろう。エルディリカ部長が教えたと聞いたことがある。……だが、それを正確に数える術がやつにあるのか? 時計だの、カレンダーだの、そういったものをやつが持っていると思うか?」
「……ああ、そうか」
一日一本登るくらいの勢いっていうのは、所詮『勢い』であって、実際に一日一本登っているわけではないというか。つまり、フェンリルには正確な日数を数える術がないのではなかろうか、という話。
「え、じゃあ……どうしよう」
「……仕方ない。精神修行は中止して、レスティオールに意見を聞きにいくか」
やった!
なんて、喜びが顔に出てしまったらしく、直後、俺の頭に拳骨が来た。
「砂時計ならあるぞ? 二週間計」
「二週間計!? 三分計の何倍だよ!」
「それをフェンリルに渡して、この砂が全部落ちる頃にまた来るぜ、とか言えばいいんじゃないか?」
「レスティオールにしてはいいアイディアだな」
「アシュレイ、褒めるならもっとわかりやすく褒めてほしいんだが」
意外と早く解決してしまった。いや、早すぎるだろう。むしろ速い。
「確か巡回部の武器管理課に預けてあるはずだ」
「ああ、そういえばアルヴァインが管理していたな。早速行くぞ、リショウ」
アシュレイはそう言うと、レスティオールに軽く礼をしてから踵を返した。
「わかった。ありがとう、レスティオール」
「おう、頑張れよ!」
にっと笑ったレスティオールに、俺も笑顔を返す。……うん、頑張れる気がした。
さて、アシュレイの案内で、武器管理課へ来ました。
「二週間計かい? それなら確かにここにあるけど……運ぶの大変だよ?」
この人がアルヴァインという人らしい。さっきアシュレイが呼んでいた。
「たいしたことはないだろう。前に捕らえたドラゴンの傷ももう癒えたし」
「あ、そういえばそんなのいたな」
ここ最近の怒濤の展開のせいですっかり忘れていた。
「でもあれってまだ三日前くらいじゃなかったか?」
「あのドラゴンは自己治癒能力が高いみたいだな。時々ドラゴンの涙には不老不死の力があるだのという伝説を聞くが、どうもただの伝説でもなさそうだ」
そんな伝説聞いたことないぞ。
「あいつは既にこの森で働く意志を見せているからな。あとはレスティオールが名前をつければ、正式にこの組織の一員となる」
「もうここで働くこと決めたのか」
「私に懐いてくれたようだ」
「この短期間で!?」
アシュレイって動物に懐かれやすいのかな。
「あいつに運ばせれば問題ない」
「そうだね、あのドラゴンなら余裕で運べそうだ」
アルヴァインさんは苦笑を漏らしながら、でも納得したように言った。
「それで、リショウ。いつ宣戦布告をしに行くんだ?」
「明日くらい?」
そう言ったら、アシュレイに思い切りため息をつかれた。あ、呆れられた!
「そういう急なところはエルディリカ部長に似たんだな」
「呆れられるようなところなら似たくなかった」
「まあいい。エルディリカ部長で慣れてるからな。――アルヴァイン」
「あのドラゴンに要請して外に運び出せばいいんだよね」
「頼む」
「了解」
にこりと笑ったアルヴァインさんが、アシュレイに頭を下げてから、武器管理課の部屋を出て行く。
「これで明日には二週間計を運び出せる」
「……すげえな」
何か、心の底からびっくりした。言葉にしなくても伝わるところとか、いろいろ。
俺もこの組織に何年かいたら、こんな風に以心伝心できるようになるのかな。
……なんて、少しうらやましくなった。
「それで、決闘の申し込みはうまくいきそうなのか?」
「おう! 明日、二週間計を持ってフェンリルに会って、決闘を申し込む」
「シンプルな作戦だな」
夕食を食べながら、レイシャルに報告。今日の夕食のメニューは、久し振りに食べたくなったカレーだ。そういえば、確か俺がここへ来たあの日、我が家の夕食はカレーの予定だったな。そんなことを思い出して、顔が緩みそうになった。
「しかしおまえ、あいつの居場所に心当たりでもあるのか?」
「え?」
きょとん、としていると、レイシャルが深々とため息をついた。もう魂も一緒に抜けそうなくらいのため息だ。
「だから、ほら、あの狼に決闘を申し込みに行くんだろ? どこに行けばあいつがいるのかって、その辺ちゃんとわかってるか?」
「あ」
「わかってなかった!?」
「言われてみればそうだな……全然考えてなかった」
会った後のことばかり考えていて、会うまでのことを全く考えていなかった。俺バカ。
「あいつどこにいるんだろう。何か森中歩き回ってふらふらしてる気がする」
「おそらくその認識は間違ってないと思うぞ」
「マジか! どうしよう……どうやって探せばいいかな」
「知るか」
とうとう見放された。
「でも、まあ、何とかなるだろ!」
「おまえ、すげえ前向きだな」
「あれ、何か悪口に聞こえる」
「大丈夫だ、気のせいじゃねえから」
「何てこった!」
レイシャルが溜め息をつく隣で、もりもりとカレーを食べる。うん、やっぱりレイシャルの料理はうまい。
「とりあえず、今日はゆっくり寝て明日考えることにする」
「そうか。思いつくといいな」
「うん」
……思いつかないだろうな。




