一
朝食には、トーストと、スクランブルエッグと、ソーセージと、グリーンサラダ。そして牛乳。夢で見たのと同じメニューを前に、また泣きそうになった。
「いただきます」
夢の中と同じ、味がした。
「おまえには、人の夢になんかできる力でもあんのか?」
「うにゅら!」
「何だ、今の声!?」
アシュレイに許可を得て、シュバルツに会いに来た。今日の夢のお礼というか、何と言うか……あの夢は、間違いなくシュバルツが見せてくれたものだと思ったから。
「何にしても、ありがとう。おかげで何か、ちょっとホッコリした」
「にゃ~」
嬉しそうな声。嬉しそうな表情。そっと手を伸ばして頭を撫でてやると、シュバルツは気持ちよさそうに目を細めた。
「それにしても、あれだな。あの夢を見せてくれたのはおまえだ、っていうのは何か直感でわかったんだけどさ。どうやったのかっていうのはわからない」
「にゃ~、にゃっ」
「わからなくていいってか?」
「にゃ!」
「そうかよ」
なんて、虎の言うことなんかわからないんだけど。
「楽しそうじゃのう、リショウ」
「ん? あ、おはよう、ライディアス」
「何をしとるんじゃ?」
「今日見た夢の礼を言いに来たんだ」
そう言うと、ライディアスはどことなく納得したような顔をした。
「故郷の夢でも見たんか」
「おう」
「俺もここに来てすぐの頃に見たのう……こいつなりの詫びなんじゃろうな」
ライディアスはそう言って、シュバルツをわしわしと撫でた。
「詫び、か」
「ああ。世界から切り離してすまんかった、みたいな感じなんじゃろ。なあ?」
「にゃう……」
少しだけ悲しそうな、申し訳なさそうな顔をするシュバルツ。その顔が、夢の中で見た黒猫の表情と被って見えた。
「俺は、もう帰られんこと実感させられて、礼を言う気分にはならんかったがのう」
「俺は礼が言いたくなったんだよ」
「その辺りが俺とおまえの似とらんところじゃなあ」
苦笑するライディアスに、俺も同じように笑って見せた。
「なあ、アシュレイもここに来てすぐの頃、故郷の夢とか見た?」
修行を始める前に、アシュレイにも聞いてみた。
「ああ、見たぞ。次の日の朝、すぐに礼を言いにいったのを覚えている」
「おまえも?」
「あいつがあの夢を見せてくれたおかげで、故郷と完全に決別できたからな」
「あ、そっちか」
そういえば、アシュレイは故郷で差別を受けていたんだったか。
「おまえは違うのか?」
心の底から不思議だというように、アシュレイが首を傾げる。
「何が?」
「私が見てきた限り、アルトに礼を言うのは故郷に恨みのある者ばかりだったが」
つまり、シュバルツに礼を言いにいったということは、少なからず故郷に恨みがあるからではないのか、ということか。
「俺は故郷に恨みなんかないよ。両親も好きだし、友達もいいやつばっかりだし」
「それなら、何故おまえはあいつに礼を言った?」
「何故って……嬉しかったから」
純粋に、嬉しかったからだ。家族に会えたこと、友達に会えたこと、全部。
「会いたかったから、会わせてもらえて嬉しかったから、礼を言ったんだ」
俺の言葉を聞いたアシュレイは、しばらくきょとんとしてから、不意に小さく笑った。
「その辺りは、エルディリカ部長と違うようだな。リーディリアに似たのか?」
リーディリア。確か、レスティオールが言っていた父さんの識別名。何、俺が父さんに似ていると言いたいのか、この人は。
「……父さんに似るなんて屈辱だ」
「そうか? あいつは……まあ、私もちゃんと会話をした覚えなどないが、いい男だと思うぞ。少なくとも、エルディリカ部長を任せるに値する男だと思った」
「過大評価だよ。むしろ、母さんくらいじゃないと父さんの相手は務まらない」
「おまえは父親を何だと思っているんだ」
「ガキ」
「まさか一言で返ってくるとは」
「じゃあ、手に負えないガキ」
「よりひどくなったな」
「だって俺が『もう父さんと修行はしない』って言ったくらいで泣くんだぜ?」
「……うん、手に負えないガキで正しそうだな」
「だろ」
意外にも父さんの話題で盛り上がってしまった。今ごろ仕事現場でくしゃみを連発して親方に怒られていればいい、なんて思った。
実戦の修行中に『集中しろ』と怒られることはなくなった。戦う相手への集中、という答えはどうやら正しかった模様だ。よかった。
「むしろ何で今まで戦う相手に集中しなかったんだ、おまえは」
「……今となっては不思議なことだぜ」
昼食中、レイシャルとそんな話をした。メニューはカツサンド。午後の精神統一の修行では何かに勝ってみせる。……何にだろう。
「多分あれだな。興味がなかったんだ」
「戦う相手に?」
「おう」
いつも、戦う相手は弱いやつばかりで。相手のことを考えることすら億劫で。だから俺は相手に興味を持つことができなくて、結果、晩飯のことを考えたりしていたわけだ。
「今になって思えば、もう少し興味持ってやってもよかったかな……」
そうすれば、修行相手と称して倒してきた不良の皆さんとも少しは仲良くなれたかもしれない。……いや、それはないか。
「ところでリショウ」
「何だ、レイシャル」
「狼本人に決闘の申し込みとかしなくていいのか?」
「……いるかな」
「いるだろ」
「そうかな」
「戦う前に一回くらい顔を合わせたほうがいいと俺は思うんだ」
「……そうかな」
正直、会った瞬間に襲い掛かられそうで怖いんだけど。
「正々堂々と戦うなら、向こうにも準備期間があったほうがいい」
「ああ、なるほどな」
納得した。そうか、俺だけ準備万端でも、万が一フェンリルが腹痛とか起こしちまったりすると駄目なわけだ。それは正々堂々とは言わない
「でもなあ……一人で行くの怖いしなあ……レスティオール連れ出そう」
「おまえは支部長を何だと思ってんだ」
「兄ちゃん?」
「……否定できないぜ」
最後の一口を食べてから、お茶を飲む。
「あとで、レスティオールに相談だな」