一
「だっはははは! さすがはあいつの息子ってところか!」
レスティオールはそう言って、笑った。そんな彼の横でディルアートは呆れ、俺の隣でアシュレイが小さくため息をついた。
朝食を食べ終えた時、迎えに来たのはアシュレイだった。
『アシュレイ』
『何だ、リショウ』
『レスティオールに、会いに行きたいんだけど』
『何か用でもあるのか?』
『まあ、うん』
『そうか』
そんな会話をしてから、アシュレイに連れられて支部長室へ向かった俺。
『どうした、リショウ。俺に何か用か?』
そう言ってにやりと笑うレスティオールに、俺は言った。
『フェンリルの憎しみ、俺が真っ向から受け止めてやる』
途端、ディルアートが目を見開き、アシュレイが信じられないという顔をして、レスティオールが……爆笑した。
『だっはははは! さすがはあいつの息子ってところか!』
以上、回想。
「本気なのか、リショウ」
尋ねてきたのは、ディルアートだった。
「本気です」
「理由を、聞いてもいいか」
……理由。
「俺しか、いないと思うから」
フェンリルが、全力で憎しみをぶつけられる相手。全力で憎める相手。それは、母さんも父さんもこの森にいない今、俺しかいないと思うから。
「……ただの自己満足なんだ」
「自己満足?」
眉間にしわを寄せるディルアートに、頷いてみせる。
「俺に憎しみ全部ぶつけてもらって、父さんと母さんを許してもらえた気になりたい」
二人が好きだから。二人が、誰かに憎まれたままでいるのが耐えられないから。
「マザコンでファザコンだな、リショウ。この場合はなんて言うんだ? ペアコン?」
まだ笑いを引き摺りながら、レスティオールが俺を見る。ペアコン……多分、ペアレンツ・コンプレックスの略みたいな意味合いなんだろうな。両親大好き、みたいな。
しかし現実、ペアコンはペアコンペティションの略称であるはずだが。
「人間、必ずどこかしらにそういう部分はあるだろ。親が俺を愛してくれているなら、俺も全力で親を愛するさ」
レスティオールに向かってそう言ってやれば、彼はやはり楽しそうに笑った。
「その歳でその結論に至るやつはあんまりいないんじゃないか?」
「そうかな」
多分、あれだな。親と離れてからこっち、親に関しての情報を多く得て、親についてようやく少し知ったのに、肝心の親が傍にいないから。
「……そう、かもな」
会いたいと思うからこそ、大切だと実感する……みたいな。一種のホームシックかもしれない。
「アシュレイ、おまえの意見を聞こうか」
レスティオールが、俺の隣へ視線を移す。俺もつられてそちらを向けば、どこか不機嫌そうなアシュレイの顔が見えた。
「……何も言うまい。何を言ったところで無駄なことだ。エルディリカ部長も、そういう方だった」
はあ、と呆れたような、諦めたような溜め息。
「ただし、やると言ったからには貫き通せ」
じっと、真剣な目で俺を見るアシュレイ。
「当たり前だ」
俺もアシュレイの目を真っ直ぐに見返して、頷いた。
そういう経緯で、俺は『フェンリルの憎しみを受け止める』ための修行を始めることになった。自分で決めたことなのだから、文句は言うまい。
「さて、基本戦闘における修行の相手は私がしよう」
「頼むよ、アシュレイ」
「本来なら私よりライディアスが適任なのだが……あいつに知られるといろいろと厄介だろうからな、しばらくあいつには隠しておこうと思っている」
「厄介って?」
「例えばこう……修行であるはずなのに楽しくなってきちゃって、最終的に訓練場を跡形もなくぶっ壊しちゃう……みたいな?」
「あ、そういう厄介? 止められるとかじゃなくて?」
「それもややあるが」
むしろそっちがメインだと思ってたのに。っていうか、ライディアスって訓練場ぶっ壊しちゃうくらい強いのか……びっくりだ。
「ではまあ、早速だが」
始めるか。そう聞こえた瞬間、アシュレイは俺の背後にいた。
昔のことを少し、思い出してみる。
『いいか、吏生。男には、どうしても戦わなくてはいけない時がある!』
『うん、それを言うタイミングが今じゃないことは俺にも分かるよ』
腕を組んで力説する父さんに突っ込みを入れる俺、当時小学生。
『っていうか父さん、この状況どうするの?』
何が起きたのか、鮮明に覚えているわけではない。確か、気弱そうなサラリーマンが、明らかに人生を間違えた不良たちにカツアゲされそうになっていたのを見た父さんは、迷いなくそこに向かっていき、全員をのしてしまった。
……被害者であるはずの気弱そうなサラリーマンも込みで。
『とりあえず、被害者のほうはここから離れたところに置いておこう』
『せめて離れたところに連れていった上で起こしてあげようよ』
結局ちゃんと被害者のほうは起こしてあげた。父さんにぶっ飛ばされた記憶が吹っ飛んでいたらしく、ものすごく感謝された。
いや、違う。ここじゃない。思い出そうとしたのは、ここじゃなくて。
『いいか、吏生』
いつになく真剣な父さんの顔に、俺は思わず息を呑んだ。当時、中学生。
『おまえがいつか誰かと本気で戦う時が来たとして、その相手は人間なのかそうでないのかは分からないが……ひとつだけ、覚えておけ』
じっと俺の顔を見て、父さんは、言った。
『死んでもいいとは、絶対に思うな。どんな風になっても、生きることを考えろ』
背後……死角から来たアシュレイの攻撃は、避けた。
「! へえ……楽しくなりそうだ」
にやりと笑うアシュレイに、俺も笑みを返す。正面からアシュレイと向き合って、身構えた。
「俺も、楽しみだよ」
中学に入ってからこっち……父さんと手合わせをしなくなってからこっち、修行と称しつつ趣味で戦ってきた不良たちの弱いこと。そのつまらないこと。
そうだ、俺はきっと、もっと強いやつに会いたかった。
「本気を出せそうなのは、久し振りなんだ」
地面を蹴ったのは、同時。




