三
「気分は……あんまりよくなさそうだな、リショウ」
「……レイシャル」
何だか、久し振りに声を聞いたような気さえする。きっと気のせいなのだろうけど。
「何か食いたいものはあるか?」
「今は、食欲がないな」
「じゃあ、せめて飲み物でも」
「喉もあんまり渇いてない」
「……そうか」
レイシャルはそう言うと、俺の顔のすぐそばに座り込んだ。
「なんかさ」
「おう」
「いろんな話を聞きすぎて、いろんな体験をしすぎて、ちょっとキャパオーバーみたいな状態に陥ってんだけどさ」
「だろうな」
「……その割に、心のどこかで妙に冷静な自分がいてさ。これが現実なんだろって、これこそ俺の正しい形なんだろって、なぜか納得してる部分もあるんだ」
「……そうか」
「でも、やっぱりどこかで認めたくなくて、子供みたいに、これは全部夢だろって騒いでる自分もいたりして」
「うん」
「……父さんと、母さんに……会いたいなって」
「……うん」
支離滅裂、要領を得ない俺の話を、それでも聞いてくれるレイシャルがいて、それがやけに嬉しくて。やっぱりレイシャルはいい奴だと思った。
「ごめん、レイシャル」
「いいってことよ」
前足で、ぽんぽんと俺の頬に触れるレイシャル。小さく笑って見せれば、レイシャルも嬉しそうに笑って見せた。
そこから後の記憶は、ない。
来ない夜が来て、明けない夜が明けて、ならない朝になった。
要するに、翌日。
「おはよう、リショウ。朝の時間だ」
「ああ……おはよう、レイシャル」
起き上がって、欠伸を一つ。
「朝飯は何がいい?」
「和食が食べたい。御飯とみそ汁と焼き魚と漬物」
「わかった」
キッチンへ駆けていくレイシャルの後姿を見送ってから、溜め息をつく。
一晩寝て、頭の中はずいぶん落ち着いてきたような気がする。両親の過去とか、フェンリルの過去とか、憎まれる理由とか。……落ち着いたら何か、イラついてきたけど。
「……つうか、フェンリルの俺に対する恨みって、完全にとばっちりじゃねえか」
突き詰めれば、自分をほったらかしにした母さんに対する恨みじゃねえか。俺の魂のニオイが母さんと似ているから消したいだけじゃねえか。
「あー、イラつく!」
ベッドから飛び出して、風呂に向かった。頭を冷やそう、今の状態じゃ思考がうまく働かない。
「いただきます」
風呂に入ったおかげで、少し落ち着いた。そして風呂の中でいろいろ考えて、一つの結論に至った。
「なあ、レイシャル」
「何だ、リショウ」
「俺さ、決めたよ」
「何を?」
「今後について」
俺はフェンリルに対してどういう態度でいるべきなのか。あいつに対して、何をすべきか。どうすべきか。そんなことを、いろいろ考えた。
そして見出した結論。
「俺、あいつの憎しみを、真っ向から受け止めてやる」
俺が憎いなら、正面からかかってこい。俺はそれを全力で受け止めよう。
レイシャルのほうを向くと、彼はじっと俺を見ていた。それからどこか困ったように笑って、言った。
「いいんじゃないか? それでおまえがスッキリするなら」
その言葉に、俺も笑った。それから、焼き魚を一口。レイシャルの作る飯は、やっぱりうまい。
「朝飯が終わったら、レスティオールのところへ行きたいんだけど」
「おまえから行かなくても、アシュレイかライディアスが来るだろ。連れて行ってもらえばいい」
「そうだな」
アシュレイだったらいいな、なんて思いながら、白飯をかき込んだ。