三
ある時、ニオイを追って女の人に会いに来た狼は、驚きました。
女の人が、知らない男の人を背負って歩いていたのです。
『エルド、そいつ、どうしたの』
『死にそうだったから、連れて来たの』
『でも、それはあの白いところでは禁止されてるって、エルド言ったじゃん』
『うん、わかってる……わかってるんだけど、この人は、救いたいんだ』
女の人はそう言って、狼に向かって微笑みました。
『この人は、私とよく似ているから』
その言葉の意味が、狼にはよくわかりませんでした。
背負われているのは男の人なのに、女の人は『自分と似ている』と言う。
何だか納得ができなくてむっとしていると、女の人はくすくすと笑いました。
『見た目じゃないんだよ。内面』
『ふうん』
狼は、途中まで女の人と一緒に歩きました。
やがて白い建物が見えてきたので、狼は歩くのをやめ、女の人を見送りました。
『じゃあ、またな、エルド』
『うん、またね、フェンリル』
そうして別れてから、女の人と男の人に何があったのか、狼は知りません。
その次の日。
白い建物から出てきた女の人と男の人は、たくさんの人に囲まれていました。
『エルド、どこ行くんだよ』
狼が声をあげると、女の人が狼のほうを見ました。
女の人は周りにいた人に何かを言って、一人で狼のほうへ近づいて来ました。
『フェンリル、ごめんね。これからしばらく、会えなくなるんだ』
『何で』
『しばらくこの森を離れることになったから』
困ったように笑いながら、女の人は狼を両手で抱きしめました。
その手首に、ひどく重そうな手錠がかかっています。
『いつかまた会いに来るから、それまで生きるんだよ、フェンリル』
『……本当に、来るんだろうな? 来なかったら、許さないからな』
『うん、約束するよ』
約束を交わして、狼は女の人の後姿を見送りました。
狼にとって、それが女の人と交わした最後の会話となりました。
それから、狼はまた独りぼっちになってしまいました。
森の誰よりも強い狼は、やはり森の生き物たちから恐れられていました。
いつもは隣にいた女の人も、今はいません。
『……ああ、エルドに会いたいな。独りはイヤだな』
生まれて初めて『サビシイ』の涙を流しました。
生まれて初めて『サビシイ』という感情を知りました。
ずっと独りぼっちだったなら、知ることもなかったはずのことでした。
『だから俺は、あいつが大好きで、大嫌いなんだ』
それは、独りぼっちだった女の子と、独りぼっちだった狼の、出会いでした。
そして、大切なものを守った女の人と、大切なものを失くした狼の、別れでした。